くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

終着駅の氷柱  

終着駅の氷柱

今日は蒸機とはなれて、当時の鉄道関連のスナップを上梓します。
これは、50年12月26日の十勝三股でのスナップです。
キハ12+56の二両編成が十勝三股に佇んでいます。
この日は最期の貨物、6788レを追分で撮影した二日後にあたります。
とくに好きだった士幌線にお別れを告げに行ったのです。
駅長さんとのツーショットも写しました。
この美しき路線に数回足を運ぶことができて、幸せに思います。

いまは東大雪の有志と自治体がアーチ橋の保存に努力されています。
いまでは廃線走査の方々が訪れるか、観光ガイドで訪れる人しか
いないのでしょうね。ここには確かに鉄道とそこで働く人びとが
おられたのです。

ちょっと感傷的になってしまいました。

南房総は微笑んでくれるか  

上総湊を行くイベント列車

遠足モードで早起きのくろくまです。毎日更新のため、一晩で二回のアップ。
このカットは、昨年のイベント時のいわゆるお立ち台、上総湊です。
わたしは、ぶらさがりの場合あまり興味が湧かないので、遊びモード。
今回もDL号は写さないと思われます。
今日は温泉に泊まります。明日、戻ってから酒に呑まれていなければ、
今回の画像がアップされる予定ですが・・・

突然「あけぼの」でごめん  

ネガを整理していたら、昭和44年ころのものが4本みつかりました。
ミノルタの距離計式のカメラを4,000円くらいで買ってもらって、
大事に持ち歩いていた時代のものです。
20系ゆうづるの憩い

ゴミとりも殆どしていません。カビも見受けられます。
でも、妙に懐かしさがこみ上げてきて、アップしてしまいました。
ほかにも袋小路の上野駅ホームから写したものとかがあるのですが、
ゴミ、カビ、キズのオンパレード。
でも、こんな写真もたまにはいいかも!?

雪の椎名町  

雪の椎名町

いやぁ、大雪、一日中降ってました。くろくまは完全に冬眠状態になりました。
東京在住の方々は、カメラを持って傑作をモノにされた方も多いのでは?

昼飯をとりに最寄り駅、椎名町に向うとき、一応カメラを持っていったのですが
5枚ほどシャッターを切って、逃げるようにそば屋に入ってしまいました。
来店するお客さんたちは、一様に「鍋焼きうどん」を注文していました。

雪の寒さと鍋焼きうどんには関連性があるのでしょうか。
そういえば渡道の際、青函連絡船の待合で、350円の鍋焼きうどんを
幾度食したことでしょうか。

38年前の秩父鉄道  

マシントラブルによる空白の3日間が生じてしまいました。
愛機PowerbookG4の100GB内蔵HDDが逝かれたようです。
本日、160GBのHDDを購入し、本体のHDDと入れ替えました。
DTPで生計をたてているくろくまにとって、最悪の状態。
アプリの再インストールやら各種設定の処理を思うとたまらんぜ!!
今も外付けHDDから起動している有様。完全復旧までは半月でしょうか。
先日の房総も真岡もデータ消失です。トホホ
秩父鉄道38年前

昭和45年8月、くろくまが初めて蒸機を寄居で写した折りのワンカットです。
どこの駅かは定かでありませんが、運ちゃんが休息ででかけた折のカットでしょう。
凸電も昔はよく見かけたものですが・・・

PC環境復旧のため、しばし更新がままならないと存じます。
申し訳ございません。悪しからず!!

チョコレート色  

お陰さまでシステムの修復はおよそ8割ほど完了です。
が、失われたデジ画像は戻ってきません。
房総、真岡と未だupしていない画像もあったのに・・・。残念です!!
しかし、パスワード、S/Nはともかく、インストールのための儀式にはうんざり。
不正使用者がいなければ、こんな無駄はないだろうに・・・。
荷物電車

今日の画像は、昭和47年10月14日の京浜東北線、蒲田付近の荷物電車。
この日は鉄道100年記念のC577による蒸機運転が行われ、沿線は黒山の人だかりでした。
今にして思うに、こんな都市の幹線のレールサイドに入って撮影できたのですから
信じられない時代の変化を感じますね。数百人はいましたよ。
この後、甲州、只見、磐西、新潟などでイベントがありますが、どうしましょうかね。
置き脚のあるようなところは厭だし、撮影の後においしい酒が呑めるのが一番。
甲府に一回、あとは秩父。只見は微妙というところかな。


33年前のなは  

今日もいい陽気で、昼飯前から公園で海苔弁と決めていた。
観梅も今週末あたりが見ごろかもしれない。吉野梅郷に行こうかな。
33年前のなは

「なは/あかつき」が明日でおしまい、ということで33年前の今日3月13日の写真です。
くろくまは前日の夜、突然最終「こだま」に乗って九州を目指しました。
深夜、名古屋で「ちくま2号」に乗り換え、大阪から「なは」に乗りました。
ボンネット型の485系っていうんですか、「こだま」の流れをくむ車両でした。
小倉にて下車、去りゆく「なは」をフィルムに収めていたのです。

しばし、北海道が続きましたから、33年前の今日というシリーズで、
この九州撮影行の話でも展開しようかな。

30年前の池袋  

もっと暖かくなるのかな、と思っていたのに風があって涼しい一日でした。
30年前の池袋

昭和53年4月8日の池袋。西武池袋線と山手線の立体交差の辺りです。
池袋に向かってくる西武戦の車両にはクーラーがありません。
立体交差の右側には当時、3ヶ所しかなかった山手線の踏み切りがあります。
これも廃止され、歩道橋が造られています。

なんで、こんなときにこんな写真を撮ったかというと、この年、「花電車」が
走ったのです。都電荒川線で着飾ったイベント車両が闊歩したのです。

俯瞰症のくろくま、すかさずサンシャイン60に突撃。ところが・・・。
展望台はお金がかかるし、60階の中華レストランも自由が利かない、
ということで58階だったかな、某国の大使館に潜入したのです。
「ブェノスディアス!!」とか言ってずけずけと入って行きました。
花電車を取りに来た旨を言うと、ニコニコと、「掃除してくれれば、
写真を撮ってもいいよ」、って言われて掃除をしてから撮影していると
「これから出かけなきゃいけない。ここまで」と追い出されてしまいました。
花電車の時刻には間が合ったので、こんな写真を撮っていたのです。

ザンゲ岩? いやいやそれは  

昼過ぎには冷房をいれたくなっちゃうような陽気でしたね。
まだ見ぬ信越盲腸線と週末の天気が気掛かりです。
ザンゲ岩を見据えるD5196

平成4年の7月に、某大鉄研のOBたちと碓氷峠鉄道文化むらに行ってきました。
その折に撮影したD5196。たしか道内で撮影したことがあったような・・・。
バックにはザンゲ岩直下の岸壁が。(2004年の間違いでした、
koppel-2さん、ご指摘ありがとうございます)
通常のくろくまなれば、ザンゲ岩だろうが白雲山だろうが丁須ノ頭だろうが
行っちゃうのですが、左足がまだ駄目みたい。荒療治に耐えてくれません。
こうなると車内ロケハンしかないのですが、目がクタビレてしまってます。
止めようかな、と思いつつ、このD51を思い出して地雷を踏もうかと・・・。

トロッコ列車旧線を行く  

いやぁ、暑い。昨日は初冷房、今日は初半袖でした。
カビだらけのネガから探し物があったのですが、
レタッチに3時間くらいかかりそうなので、大方の予想通りの展開。
碓氷峠旧線下り

ザンゲ岩から軽井沢方面は光線の状態もよく、浅間山が見えないだけで
なかなかの景色。でも葉っぱが邪魔だという方、おられるでしょう。
でもね。怖いんです。とっても・・・。あと2メートルくらい出れば・・・。
まあ、こちらが蒸機の走る路線であれば、もっとせり出したでしょうが。
トロッコ列車が横川に戻ってきます。
登っていたときよりも、思い出しながら足から背筋にかけて悪寒が走る
くろくまでした(ホント、怖かったです)。

碓氷峠のミニSL  

なんてこった!! 出勤予定日だった24日が解除、本来の休みになりました。
深夜バスの新潟行きで池袋―小出の空席を検索しましたが、勿論満席。
行けるけど行けないという半殺し状態になってしまいました。横川の緑のSL

それでも、昨日立ち読みした2万5千地形図を4葉、購入してしまいました。
ここはどうだろう。ここの勾配はどうなっているのかな、などと一人架空のロケハン。
虚しいですなぁ。

今日の画像は、先日4月29日の信越本線横川、ザンゲ岩からの余禄。
碓氷鉄道文化むらの緑のミニSLです。

三峰口のターンテーブル俯瞰よりも高度があり、まさに鉄道模型状態。
こうしてみると、横川の町はかなりシックな色合いですね。

常紋考(石北本線)  

この週末は常紋信号場でC11の復活運転がありましたね。
ものものしい警備だったようです。
ここは現役当時、人柱や亡霊がでるといった、いわくつきのスポットでした。

くろくまは現役時代に常紋信号場を訪れたのは二回。隧道を抜けたことも
金華へ降りていったこともありません。じつは吹雪に阻まれたのです。
いまでもガスくまなのですが、当時から相性の悪い所があったのです。

昭和50年12月以降も、冬と春には渡道したくろくま。渡道総数30回とか・・・。
昭和53年の春には常紋を訪れました。まあ「怖いもの見たさ」でしょうね。
凍てついた常紋隧道には氷柱が・・・。
隧道の氷柱

そして、金華よりにある地蔵尊。
歓和地蔵尊

碑文には、こう記してありました。
歓和地蔵尊建立の由来
地蔵由来書

 湧別線工事中最大の難工事とされていた常紋ずい道
(五〇七米)は大正元年にはじまり三年の年月をかけて大
正三年十月に完成しました 工事は本州方面から募集し
てきた労務者を飯場に収容し通称タコと呼ばれた者によ
って行なわれた
 労務者は人権を無視された苛酷な取扱いをうけ粗食と
重労働で病気にかゝる者も多く医薬も与えられず体罰
を加える、そして使役不能とみたものは一定の箇所に監禁
し死者はそのまゝ次々と大きな穴の中へ投入してしまう
という残虐非道なことが公然と行なわれたといわれ
ている、このずい道工事中百数十人の若者が犠牲となり
ずい道附近に埋められております
 常紋信号場が開驛してから誰れ云うとなく「火の玉が出
る」「信号が消える」などの噂もでたり常紋に居住している歴
代の職員家族に病人が多く出るのも怨霊のためでは
ないかといわれていた
 そこでこれら痛恨で眠れぬ迷える魂の供養を営む
べく留辺蕊町長を初め町議会議員各業者等個人の援助
と中湧別保線区の協力により昭和三十四年に歓和地蔵
尊を建立し同年六月二十四日に入魂報祭が執行されそ
れ以来毎年六月二十四日には地蔵祭を行ない霊を慰め
ている 地蔵尊はこゝで鉄道建設に捧げられた尊い犠
牲者の御霊を永久に祭り今日石北本線の一環である常
紋信号場の安全と職員並びに家族の精神の安定に
寄与されているものである

今年の6月24日にも地蔵祭は行なわれたのでしょうか。
おおとり常紋通過

「おおとり」がスイッチバックに入ってきました。
昭和53年3月21日の常紋信号場でした。

終着駅の雪仮面(士幌線)  

終着駅の雪仮面(士幌線)
晴れてもないのに高温多湿。だらだらと汗をかく厭な陽気です。
ただ、雷雨こそありませんが、天候が不安定。これこそ梅雨明けの空ですね。

どの写真をアップしようかとPSで開いてみると、どれもこれも傷&カビ。
レタッチしてアップするには時間がない、とばかりに今日は非蒸機。
昭和50年12月26日の士幌線、十勝三股でのスナップです。終着駅の雪仮面

ひぐま3号さんやキツネメ十勝さんの地元だった士幌線。
蒸機終焉二日後の感傷的な撮影がいまでは宝物になりました。
雪をはねあげて進む先頭車両より、後部車両には巻き上げた雪が付着してかわいそうな位、雪まみれになっていました。

空知川夕照(根室本線)  

漁業関係者が漁を取りやめ、抗議活動に出ましたね。これも欧米の物真似。
心底、困っているのなら世界に先駆けて行動してもらいたいものです。
今日、ぶんか社の「みんなの青春18きっぷの旅」という雑誌を買ってきました。
付録のDVDに大井川鐡路38分、その他復活蒸機路線が30分収まっているとか。
これから、しっかり見てみようと思います。
空知川夕照
さて、今日のアップは50年8月1日の根室本線、赤平―東滝川です。
残念ながら引率機はDD51ですが、この車両編成はいいですよね~。
蒸機しか目にないくろくまが、思わずシャッターを押してしまいました。

消えゆく情景  

「くろくまは自分のことが客観的に見えないんですよ!! あなたとちがってね!!」

突然の首相辞任。おどろきましたね~。
でも、ドラマよりもスポーツよりも面白くテレビ観戦させていただきました。
あのとぼけて皮肉なキャラクターは個人的には好きだったんですけどね。
下野する際の総理になりたくないと思ったのでしょうか。

ちなみにキャラが立つというA氏、大嫌いです!!
鹿ノ谷残像
さてさて、ネット難民状態は解除されず悲しい限り。
ADSLの回線そのものかモデムのエラーかと。
そんなことから本日も会社からアップです。
koppel-2さんと初めてお会いしたのが昭和50年の夏でした。
一緒に記念撮影をした8月3日。
その日の鹿ノ谷駅の外れ、夕張鉄道のなれの果てをご覧ください。
幾筋もの線路、クラや転写台、ホームや跨線橋が朽ちています。
カマは28号機、門デフ仕様です。
何処かへ移動される前だったのでしょう、テンダを離されています。
ヤードの意外な広さに、在りし日の光景が思い起こされます。

キハ二連(夕張線)  

同期の岡田監督が辞任ですって。
潔いといいたいところだけれど、CMシリーズで優勝する気がないとみました。
パリーグは予想通り、ハムがオリを降しました。獅子軍団、要注意です。
今日は完全オフ。体調悪しく(消化器系か)、明日もどうなることか。
本来ならば上越狙いなのだけど・・・。
キハ二連
最近、蒸機だけに拘らない鉄道系のブログをいくつも拝見しておりますが、
秀作が多く、皆さんの活動および作品に「へえ~」と唸っている次第です。
愛煙家のわたしは、新型のキハとか電機とかには興味がないのですが、
記憶の断片に残る懐かしい日常には、心ときめくこともあるんです。
今日は昭和49年12月23日の夕張線、鹿ノ谷―清水沢でのキハ二連。
勿論、蒸機撮影の折の一コマですが、当時のわたしたちの足だった列車。
思い入れがあります。224の表記はキハ224ということでしょうか。
左の人物は「鉄」ではないようです。左上に見える集落に向かっているのかな。
何年も見ていなかった「雪と蒸機」、今冬見られたらいいなぁ。

P.S.何度upしてもサムネールが表示されません。
タイムアウトは厭なので取りあえずupしておきますが画像が見られないかも。

サロベツ晴冬(宗谷本線)  

お陰様で左手の麻痺、だいぶ良くなってきたようです。
最悪な状態では、キーボードを打つことも難儀したのですが
今では、シャツのボタンを掛けるときなどに不便を感じる程度になりました。
ですが、左手のリカバリーとばかりに奮戦する右手が悲鳴をあげている感じ。
両肩から下が意識の命ずる状態にはなれない、というのが現状です。
サロベツ晴冬
本ブログ、本来カラーとモノクロを交互に提示していこうかと思っていたもの。
それは今でも続いているのですが、カラー=復活蒸機、モノクロ=現役蒸機の
つもりだったものが、度重なる出撃などにより展開が変わってしまいました。
むかしは国鉄色のDCやDLなんか何とも思わなかったものですが、
最近になって優れたブログを拝見しているうちに、余暇で撮った非煙もいいかなと。
今日はそんな気持ちから、宗谷本線の勇知―抜海でのキハを上梓します。
線路端で撮ってもマメ状態で撮影するのは、30年間変わっていないようです。
冬晴れの青空、自らを誇示するような雲、無人の野を行くレール。
すべてが懐かしさと想い出でいっぱいです。鉄道ってホント、いいよね。

キハユニ(日南線)  

確信犯の前幕僚長と同じ思想をお持ちのお歴々が大勢いそうな気配がありますね。
金融サミットを終えたわが国の首相、相変わらず下品なしゃべり方で受け狙い。
韓国にリベンジしたかったアジア大会決勝は、今日も放送がありません。
それでもサヨナラ勝ちで優勝したようで。よかった。

さて本来であれば、今日はひぐま3号さんとの「くまサ」のはずでしたが、
昨日の秩父での展望から、今日は「高み」からは望めそうにない!! と判断。
残念でしたが、「登っても見えない」を事前に回避できたかな、なんてネ。
昨日の無謀な歩きで、身体中悲鳴をあげているくろくまにはよい休日でした。
キハユニ!?

何をアップしようかなとスキャン画像を見ていたら、窓の少ないキハを発見。
昭和48年8月29日の日南線の有名撮影地、大堂津―油津での一コマです。
背景に名所「七ツ岩」がお行儀よく並んでいますね。
8時15分ころに来る392レは別の場所で写したので、9時25分ころに来る
391レを待つあいだに撮影したと思われることから、329Dかと思われます。
8月末の南九州、さぞかし暑かったと思われますが、勿論冷房車ではありません。
連結しているキハもバス窓、扉下の窓が妙に懐かしいです。

ささやかな暖  

寒暖の差が激しく、着ていく服装も難しい。明日は降雨で気温が下がるという。
雪のある風景で蒸機を撮影したのは、すでに30年以上前のこと。
寒さ=煙の図式はあるのだけれど、「それなりにしてくれ!」って感じかな。

皆さんの出撃回数がアップされて、つくづく思いましたよ。
下手な鉄砲のワタクシ、出撃回数の割には報われていないってこと。
来期は、晴れ男か晴れ女と出撃したいものですねぇ。

誰か、くろくまポリシーで同行してくれませんかぁ!?
ダルマストーブ
さてと、寒くなった12月。本日のアップは清水沢。あの腕木信号のあった場所。
くろくまは、跨線橋を渡って、大夕張の列車内に・・・。
ありましたね、ダルマストーブ。
いまなら、さしづめ、スルメでも焼いていたでしょうね~!!

昭和49年12月23日。清水沢にて撮影。
Nikomate FTn 50mm f1.4 TRI-X ASA400 Microdol-X 20℃-9.5分

2008くろくまGraffiti-2  

皆さん、こんばんは。
「この冬一番」寒い日のフレーズが出始めました。東京も初霜とか・・・。
しかし、暖かい日と寒い日が交互にやって来られては堪りません。
皆さまもお身体にはお気をつけくださいね。

2008年「総集編」その2です。今日は3月、4月編としました。
3/23は秩父。悩んだ揚げ句、5001レを寄居で、5002レを長瀞で撮影しました。
この日は春霞がかかったようで視界良好とはいきませんでした。
3/29は三峰口と白久で撮影。のんびりしてたら返しに間に合わず情けない日でした。
4/5には寄居と樋口。薄曇りでしたが、桜が満開。気持ちのいい一日でした。
4/6には満開の桜のなか、勝沼ぶどう郷に。
一本目は抜けきれず失敗。その後高みに挑みましたが、
朝のうちは見えていた南アがガスのなかに・・・。惜しかったなぁ。
4/12は勝沼ぶどう郷と石和温泉で撮影。この日はこけて左足を挫いてしまいました。
それでも、2箇所の高みにチャレンジ。甲府盆地は桃源郷さながらでした。
4/20は樋口で2箇所。曇天でしたが遠望が利いて、ちょっと満足しました。
4/29には横川。本来ならば表妙義から狙うつもりだったのですが、
信越盲腸線から妙義が見えず、場所を変更。恐怖の懺悔岩を堪能してきました。

あれれっ。この時期にして、すでにこんなに出かけてますね。ちょっとビックリ!!
そんななかから今日は3枚をアップします。
2008秩父初日
2008.3.29 小前田―桜沢5001レ
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 hotoshop CS2
残照のパレオ
2008.4.5 野上―樋口5002レ
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 hotoshop CS2
懺悔岩から
2008.4.29 西松井田―横川(9135レ)
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 hotoshop CS2

1~2月 3days/8weeks 計 外房2, 真岡1
3~4月 7days/7weeks 計 秩父4, 中央2, 信越1

1~4月 10days/17weeks 累計 外房2, 真岡1, 秩父4, 中央2, 信越1

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