3連休の間、呑みすぎたので
今日は赤ワイン。アルカリ性で中和しなくちゃ!!

50年12月26日、最期の貨物6788レから2日後に帯広を訪れました。
思い入れの強かった士幌線を十勝三股まで往復した夜、
機関区にキューロクがいるのに気づき、すっとんで行きました。
そこには、59683と59672がひっそりと眠りについていました。
給水塔もターンテーブルも昔のまま。クラにはDD51が居座っていました。
両機とも車籍票は外され、59672に到ってはプレートもなく手書きでした。
天気予報に疑心をいだいているくろくまですが、傘を持っての通勤、案の定
傘の出番はありませんでした。明日は大雨だそうですが、それもどうだか・・・。
空振りの土曜日も含め、二日間メタボ対策運動をしたくろくまですが、
左足、駄目みたいです。靭帯か筋に損傷があるようで、しっくりきません。
まあ、通常の歩行&駆け足くらいなら大丈夫なので気にしてはいませんが・・・。

5月13日にアップした
「蒸機最期の日の記念撮影」で撮影した追分機関区の3日後、
12月27日に再度訪れた追分機関区で、プレートを外された79642に出会いました。
手書きナンバーと降雪で、見るも無残な姿に変わっていました。
追分には小一時間居りましたが、入れ替えのキューロクや扇形庫内のD51たちを
存分に撮影することなく、内地に戻ってきてしまいました。
庫内には有火状態のD51241や603がいたのですが、このキューロクの変貌を
目の当たりにして気持ちが萎えたのはたしかです。
キューロクの復活蒸機が存在しないのが悲しいですね(9633は動けるのかな?)。
昭和50年4月で無煙化された帯広運転区
当時、在籍した8両のキューロクたち。行く末を案じて区の方に訊ねると、
9654が岩一へ、59683は滝川へ転属するって教えられ、
更に19671は帯広市で、59611は大樹町で保存、あとの4両は解体との話し
3月19日の運行を最期に59690が落ち、続いて59672と39670が二止へ。
根室本線の札内寄りにこの2両がナンバーを外して留置されると、
途端に部品盗難に遭遇。ライトやキャブ内の部品が根こそぎ剥ぎ取られてしまい、
運転区へ遊びに行くと「お前らマニアは!」って一緒くた扱い(涙)
で、この59683滝川へいつ旅立つのかって思っていてもなかなか行かず、
そのままず〜っと運転区で留置。
いつの日か気がつくといなくなり、何処へ行ったらやらと気にしていたら
キネ旬の「蒸気機関車」の記事で斜里に留置されているって話し〜
解体予定ってなっていましたが、斜里町が保存を申し出て
今斜里町で余生を送っている数奇な運命を辿ったカマです。
おっと、自分のブログでもないのに記事のように長文記載申し訳ございません。
ついついこの画像をみて語りたくなったひぐまで(^^ゞ
ひぐま3号さん、かつての地元、十勝管内のこととなると勢いづいて語られますね。
お陰様で、くろくまは何もコメントしないでも記事が勝手にやってくる!?
しばらく十勝管内シリーズにしようかな?
と思ったけれど、そしたらひぐま3号さんのブログになっちゃうかも(笑)・・・。