暖かくなってきたので、昼食は公園で海苔弁でした。
弁当屋、ご飯だけあったかくて具がつめたいのは許せん!!
おまけにソースしか入っていないのは問題だ。醤油を入れろ!!

50年3月15日、栗丘での撮影環境です。三脚はスリックのマスター、
ステーがついてるからデラックスですね。
パン棒の先のにぎりが木製の球体、ヨドバシのオリジナルでしょうか。
プレートの上には二コマートFTnとニコンF、脚につけたロアーには
自由雲台とキャノンのレンジファインダー。
二コマートとキャノンにはWケーブルレリーズがついてます。
で、これを撮影しているのは二コマートFTn、135ミリレンズです。
フィルムもTRI-X、KII、Minicopy、イルフォードFP4など分けてました。
これら機材と自炊用具、着替え、食料・・・、
55キロの荷物は今ではとても背負えません。
ちなみに最近の撮影は、デジ一眼一台、軽量三脚一脚、それだけです。
中国からは黄砂ですか。春といってもいいことばかりではないようで・・・。

今日は、鉄道と無縁な写真を上梓します。
一昨年の今日、吉野梅郷で写した紅梅です。蒸機を期待していた方ごめんなさい。
くろくまは、蒸機と季節の花をからめるというのが苦手ですので
別々の撮影となります。
毎年、この時期には吉野梅郷、顔振峠に梅を写しに出かけます。
もっとも、撮影なんて5分もかけずに酒をあおるわけです。
お土産は、むかしながらのしょっぱい梅干。これがまた酒に合うんだよねぇ。
今日は暖かかったですね〜。くろくまも甲府の下見にでも行こうかと考えていましたが、
急ぎの仕事があったので出社。3時には終わり、隅田川べりを歩いて帰宅。
いつもは午前中に赴く「お風呂の王様光ケ丘店」に行きましたが、午前中とはちがい、
込んでいたので入浴は30分だけ。ビールと奴で締めました。

昨年の3月10日の青梅、吉野梅郷でのスナップです。
公園内の梅もみごとなのですが、このカットは公園の外、ビールとおでんで
ごきげんなくろくまが撮影。
その昔、小学生のころ、運動会とかで母につくってもらったお弁当を
思い出してしまいました。ふつう、アカはデンブですよね。
あれ、甘くて嫌いだったからウチの三色はひき肉とシャケとタマゴ。
ごはんの間には醤油に浸した海苔が敷いてあって、おいしかったですよ〜。
今日はもっと陽が差して暖かくなるのかと思ってたら、寒いですね。
台風も接近しているとのこと、このまま梅雨入りしてしまうのでしょうか。
今日の画像は非鉄です。後閑の山登りの5月6日、水上から重い足をひきずって
諏訪峡大橋までやってくると、イベントが始まっちゃったのでした。

はじめて見るバンジージャンプです。
TVの映像では何度も見ているのですが、ほとんどが海外。
まさか、国内でもこんな場所があるなんて・・・。
川面までは42メートルとのこと、国内では一番高いところからのバンジー。
こうなると、上りの撮影どころではなく、居座ることに決めました。
でも高所恐怖症のくろくま、欄干につかまっても下を見るのが怖い。
3人目に、なんと女性がトライです!!
健康的な美女がスタッフのことばを聞いています。
「下をみてごらん」
「・・・、すご〜い!!」

「まっすぐ、鳥のように飛ぶんだ、さぁ深呼吸」
「飛べばいいのね、わかったわ」

「さぁ、行くわよ!!」




いかがでしたか。くろくま唖然の数分間でした。
汽車を撮りに行ってバンジージャンプを撮るとは思いませんでした。
プライバシーの問題があるかとは存じますが、顔が鮮明に写っていないこと、
いつもより小さめのサイズでの掲載ということで、お許しください。
P.S.この写真の被写体となられた方がいらっしゃいましたら、
写真をプレゼントいたします。メールをくださいね。
おはようございます。
55キロの荷物ですか。凄いですね。
はたして今の若い人たちはこんな荷物が背負えるかしら。。
・・なんて生意気なことを言ってみたりしましたが、私もコンビニ、ペットボトル、使い捨てカイロがなければ、復活蒸気の撮影なんて出来なかったかもしれません。
ミセス、いらっしゃい!!
3月中旬までブログの更新ストップとのこと、残念です。
すてきな花の写真や幻想的な光の世界、拝見してますよ。
当時は北海道のローカル線などで食料は入手不可能でした。
怪しげなよろず屋で5年前の缶詰買ったこともあります(食べましたけど)。
重い荷物でしたが、食料(米・インスタントラーメン・レトルトカレー・缶詰など)は、
減っていくので、少しずつ軽くなっていきました。
いまでは何処へ行ってもコンビニがあって確かに便利。でも、物資の豊かさは
こころの豊かさとは反比例するように感じられるくろくまでした。
こんばんは〜
今、出帳から戻り会社のPCで拝見させて頂いております。
55キロの装備!体重並みですね〜現役撮影の頃はSRT101とレンズ2本が主たる装備でしたが、
C62復活時にはカメラが最大4台、レンズも二桁って合計して35キロを背負い走り回ってました〜
あの体力は今どこに???
最近はデジ一2台とレンズ5本〜6本、貧乏性故にまだ複数台数使って「二兎追うもの一兎も終えず」を実践しています(笑)
くろくまさま ロア−のRF機はCanonでしたか僕は絶対NikonのSシリ-ズだと今まで思っていました。借りものだったのでしょうか?(CanonのRFの話は聞いた覚えがないので・・・) しかし此の頃のRF機は結構男心を擽ります。個人的にはS2ファンです。(嫁の父親から譲り受けましたが見てくれはいいのですが使いにくいです。)
ひぐま3号さん、お帰りなさい。
毎日いただけるコメント、ひぐま3号さんがいらっしゃらないことには
独りよがりの寂しいブログになってしまいますので、心からお待ちしておりました。
当時の荷物が重かったのは、やはり自炊用具関係ですね。
食料も登山用のジフィーズなどではなく、米・インスタントラーメン。
エバニューの背負子にカメラ(3〜4台、レンズ4本)、銀箱、木製の箱、
三脚とシュラフを括りつけると自分の体重なみになってしまいました。
撮影の際には銀箱と三脚以外は、駅に放っておいたのですが、
さぞかし邪魔だったでしょうね。
もっとも僻地ばかりなのでお客さんもまばらでしたが・・・。
それより、現在のひぐま3号さんの装備がすごい。
くろくまには、そんな体力ありませ〜ん。
koppel-2さん、ニコンのレンジファインダーは憧れですよね。
SPブラックなんて、今でも欲しいなぁ。SIIは、実際用いたことがあります。
親父の会社(大手新聞社)からの借り物を隠しておいて、
46年8月の渡道で使ったのですが、余市で用水路に落としてしまい、
おじゃんになりました(そのとき撮ったC62重連とともに・・・・)。
後日、父が新聞のコラムに、この折のことを記事にしてました。
このときの借り物は実はニコンF。ローン堅めが得意なS君のものでした。
55キロの重装備!そんな荷物でよく…(驚)。
中は機材に自炊用具・・・って、ほとんどワンダーフォーゲル部か山岳部ですね(笑)。
蒸気メインで活動している友人と初めて一緒に撮りに行ったとき、
その場に並ぶ撮り鉄さんの機材の多さにびっくりしたものです。
三脚にカメラ一杯ついてるし、報道マンのような集音マイクの方も(動画&録音派の方ですね)。
その後、一度ひぐまさんとご一緒させて頂いたのですが、
何本くらい持ってきてるんです?との問いに、
「ボディ2つ、レンズ7本、三脚一本」と帰ってきて、えぇえええ!と驚いた兎でした。
皆さん、それだけの荷物をもって、あの山に登るってのがすご過ぎです(笑)。
うさこさん、いらっしゃい。
当時は若気の至り、体力もあり余ってました。
ないのはお金。だから食料、灯油、ストーブ、食器、ランタン、
水(2リットルのポリタンク)、すべて持参でした。
カップラーメンは高かったからインスタントラーメンでしたよ。
へぇっー、ひぐま3号さんは、そんなに機材を持っていくのですか。
くろくまは、デジ一眼、1台とレンズ2本だけですよ。
重くても厭わないのはビールくらいですね(笑)
丘の上で汽車を待ちながらのビール、たまりません!!