くろくまと蒸機たち
懐かしい蒸気機関車の写真と復活蒸機写真との怪しげな融合。
2008.01.05 Sat. 19:25 :edit
最後の蒸機貨物6788レ

はじめまして。くろくまです。
以前、HPを開設していたのですが、生来のぐーたら。更新もしないまま、
グロッキーです。タダでできるブログの存在は気になっていたのですが
どうせ、三日坊主になるだろうなぁと思い、今までは手を出さなかった
私ですが、国鉄時代の蒸機の写真をスキャンしているうちに、ちょっとだけ
公開してみたくなってしまいました。そんな訳でのこのブログ、いつまで
続けられるのかわかりませんが、お付き合い願えれば幸甚です。
はじめての頁ですので、ちょっとだけ自己紹介です。
くろくまは東京生まれ(ネリマですけどね)、東京育ち。
昭和30年代に採れました。
中学・高校時代に各地を転戦して蒸機を写しまくりました。
自らの手ではじめて写した蒸機は昭和45年の八高線のD51507。
翌46年には中学生だというのに友人3人で渡道し、憧れのC62、D52、
D61などを撮影し、昭和50年12月には夕張線に出撃して最期の蒸機と
お別れしてきたのです。その後冬場には北海道に行かないと気が済まなくなり、
渡道回数はじつに30回に及びました。
結婚してからは、そんな自由もなくなりましたが、機会があれば、
といつも考えております。
復活蒸機の方は、昭和51〜53年に大井川鐵道に通いましたが、
あまり燃えることなく、息子を連れて秩父に行くくらいでした。
大したことはありませんが反響が少しでもあれば、
続けていく大きなエネルギーになります。
と、いうことで最初の写真は昭和50年12月24日の追分です。
ストロボを焚いたわけではないのですが、TV局の取材でしょう、
ライトがあたり、D51241を闇のなかから浮かび上がらせてくれました。
トライXのASA1600増感で捉えた思い入れの深いこの1枚から、この
ブログをスタートしたいと思います。今後とも宜しくお願いいたします。
2008.01.07 Mon. 21:11 :edit
逆光の紅葉山

さて、三日目にしてすでにストーリー性に疑問が生じてしまう。
脈絡がないのだ。どうしよう。そうだ! 蒸機終焉の50年の冬のことから
記していこう。なんといってもこの50年12月21から24日が最期の対面だ。
30年を過ぎた記憶であるので、このテの内容を如実に記したHPなどを
参考にしていただきたい。(逃げの姿勢があらわれているが・・・)
12月14日に某国営放送で百恵ちゃんとC57135(加藤芳郎氏も)が
放映されていたころ、もう気が気でなかった。
期末テストも「現国」をボイコットするという暴挙に出てしまった。
苫小牧発の夕張・登川行きで十三里にて下車。紅葉山で待ち合わせていた
F君とはなぜか会えず、単独行となる。D51241の牽く1791レを撮影し、
紅葉山で仕業のあいだに追い抜き、沼ノ沢へ。
紅葉山まで歩いて戻ってくると逆光に爆煙が妙に立体的に映えていた。
この写真はネオパンF(ASA32)での撮影。粒子は申し分ないが、
硬膜処理を誤ったか、傷、埃だらけのネガ。レタッチに時間のかかる
ネガばかり。この先どうなることやら。
2008.01.08 Tue. 20:55 :edit
歌志内線文珠にて

今日、更新しないと本当の三日坊主になってしますので焦りがあります。
そして、早くも前言撤回になってしまいました。
50年12月のスキャン画像は「ごみ取り」がなされておらず、
毎日アップすることが叶いません。(←言い訳モード)
と言うのも明日から大きな仕事が入ってしまうのです。
4Cのモデルカタログ(200頁位)で組版と画像調整をするのですが、
量がありますので、ブログ用のごみ取りまで手がまわらないのです。
そんな訳で、お茶を濁すのがこの写真。歌志内線の文珠―焼山です。
バックに浮き上がっているのは暑寒別の山並みでしょうか。
あの山を越していけば、増毛に出られるのでしょう。
撮影日は50年3月21日。この頃から道内各地で無煙化が促進されます。
神威峠を越えれば、そこは函館本線支線の上砂川線。
両線とも、もっとじっくり撮りたかった線区です。
2008.01.22 Tue. 21:31 :edit
早暁の交錯
2008.02.04 Mon. 21:13 :edit
明日で最期、閑かに撮りたい
昭和50年12月23日の十三里付近です。
夕張線で誰も好んで行かないような場所、それは十三里でした。
逆光だし川霧がたつので撮影は難しいものでしたが、蒸機終焉の秒読み段階で
この地を訪れたのは正解だと思います。

この撮影行では、
8ミリを携行していたため、写真がおろそかになりがちでした。
この日、十三里(無人駅)で泊まろうと準備をしていたら、
最終列車で下車された地元のKさんが、「凍えて死ぬぞ。ウチに泊まれ」と
仰ってくださり、石狩鍋(煮込まれていてグチャグチャでしたが美味)、
温かい布団(お客様用でしょうか、フカフカでした)を提供してくださいました。
蒸機終焉で感傷的になっていた折に触れた人情に今でも泪がこぼれてきます。
夕張線で誰も好んで行かないような場所、それは十三里でした。
逆光だし川霧がたつので撮影は難しいものでしたが、蒸機終焉の秒読み段階で
この地を訪れたのは正解だと思います。

この撮影行では、
8ミリを携行していたため、写真がおろそかになりがちでした。
この日、十三里(無人駅)で泊まろうと準備をしていたら、
最終列車で下車された地元のKさんが、「凍えて死ぬぞ。ウチに泊まれ」と
仰ってくださり、石狩鍋(煮込まれていてグチャグチャでしたが美味)、
温かい布団(お客様用でしょうか、フカフカでした)を提供してくださいました。
蒸機終焉で感傷的になっていた折に触れた人情に今でも泪がこぼれてきます。
2008.02.06 Wed. 22:43 :edit
セキを牽いて
2008.02.10 Sun. 21:52 :edit
上砂川にて
2008.02.15 Fri. 21:36 :edit
紅葉山展望
2008.02.29 Fri. 21:14 :edit
炭坑への驀進
2008.03.06 Thu. 21:04 :edit
炭住を駆ける
2008.03.07 Fri. 21:21 :edit
炭坑の朝
2008.05.03 Sat. 17:56 :edit
そこっ、下がって下がって!!
2008.05.09 Fri. 21:42 :edit
C57135 at 岩見沢
暑かったGW明けの過ごしやすい一日でしたね。
週末は雨模様のよくない天気予報が出ています。
日曜日は「母の日」です。カーネーションより、クレマティスかカラーの花を
持って実家に行ってみようかな、なんて思っています。

昭和50年7月30日の岩見沢駅、C57135が室蘭への出発待ちをしています。
この日、くろくまは幌内線三笠で撮影ののち、このC57135の牽く客レで栗丘に
転戦。撮影地の栗丘ゆえ、人のいないところで撮影していました。
ホームからかなりせり出しているのは、先頭に荷物車二両を連結しているから。
こうして正面から見ると、細いボイラーがとってもスマートに見えます。
スノープローもお似合いです。このカマが最期の客レを牽いて、その後交通博物館、
大宮の鉄道博物館へと転籍して、ターンテーブルのパフォーマンスをしているのです。
くろくまは、十回くらい遭遇していますが、とっても綺麗なカマでしたよ。
ひぐま3号さんの「勝手にコラボ」に勝手にコラボさせていただきました。
この日、この時間帯にどちらにいらっしゃったのでしょうね。
週末は雨模様のよくない天気予報が出ています。
日曜日は「母の日」です。カーネーションより、クレマティスかカラーの花を
持って実家に行ってみようかな、なんて思っています。

昭和50年7月30日の岩見沢駅、C57135が室蘭への出発待ちをしています。
この日、くろくまは幌内線三笠で撮影ののち、このC57135の牽く客レで栗丘に
転戦。撮影地の栗丘ゆえ、人のいないところで撮影していました。
ホームからかなりせり出しているのは、先頭に荷物車二両を連結しているから。
こうして正面から見ると、細いボイラーがとってもスマートに見えます。
スノープローもお似合いです。このカマが最期の客レを牽いて、その後交通博物館、
大宮の鉄道博物館へと転籍して、ターンテーブルのパフォーマンスをしているのです。
くろくまは、十回くらい遭遇していますが、とっても綺麗なカマでしたよ。
ひぐま3号さんの「勝手にコラボ」に勝手にコラボさせていただきました。
この日、この時間帯にどちらにいらっしゃったのでしょうね。
2008.05.11 Sun. 19:04 :edit
C57135の爆煙―栗丘―
昼過ぎまで雨、今日も昨日同様寒い日でしたね。
このシチュエーション、秩父では良い煙を撮影できたかもしれません。

例の百恵ちゃんの乗った(加藤芳郎さんも乗ってたぞ)最後の旅客蒸機C57135の
2年前の雄姿をお届けです。昭和48年12月27日の室蘭本線、栗丘での撮影。
224レ、もしかしたら226レだと思いますが、爆煙ですねぇ。客車が見えません。
当時の栗丘、やたら蒸機がやってきて、ご覧のように煙の期待できる撮影地でした。
ダイヤを確認することもなく、次から次へとC57やD51がやってきました。
重連もあったし、飽きることなく過ごせる場所でしたが、この場所からの撮影を
見たことがありません。急斜面と疎林ゆえに皆さん遠慮されていたのかと・・・。
スマートなC57が密閉キャブで大奮戦。今一度体感したいものです。
このシチュエーション、秩父では良い煙を撮影できたかもしれません。

例の百恵ちゃんの乗った(加藤芳郎さんも乗ってたぞ)最後の旅客蒸機C57135の
2年前の雄姿をお届けです。昭和48年12月27日の室蘭本線、栗丘での撮影。
224レ、もしかしたら226レだと思いますが、爆煙ですねぇ。客車が見えません。
当時の栗丘、やたら蒸機がやってきて、ご覧のように煙の期待できる撮影地でした。
ダイヤを確認することもなく、次から次へとC57やD51がやってきました。
重連もあったし、飽きることなく過ごせる場所でしたが、この場所からの撮影を
見たことがありません。急斜面と疎林ゆえに皆さん遠慮されていたのかと・・・。
スマートなC57が密閉キャブで大奮戦。今一度体感したいものです。

























