くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

元日の幸福駅  

幸福駅の元日

まだまだ、ブログの掟がわかりません。怪しげなコメントがありましたので
削除しました。でも、日記のように連日なるべく更新すべくUPします。
トラックパッドとかリンクはも少し経ってからにさせてくださいね。

2枚目にどの写真を選ぶか迷いましたが、正月らしいものにします。
これは、昭和50年元日の幸福駅です。ファンが群がっています。
ほぼ平坦な区間なのに機関士も大サービスの煙です。
当時、「愛の国から幸福へ」ということで、この区間の切符が売れまくって
いました。幸福は無人駅なので逆パターンはなかったのですね。
この切符は、帯広駅でも売られていました。
私も友人たちへの土産として10枚くらい買いました。

この撮影の後、ファンが集まっている辺りで大きな焚き火が催されました。
焚き火を囲んでファンが語り合いました。
当日のファンは数十人だったと思いますが、今、復活蒸機を撮りに行くと
こんなものじゃありませんよね。

車での追っかけ、置き脚、罵声、望遠ズーム多用による作画のパターン化など、
厭な時代になっているようです。ですから、復活蒸機になかなか出かけられません。

大好きな士幌線  

タウシュベツとのニアミス

文珠の写真を写した前日、わたしは士幌線にいました。

はじめてこの線に入ったとき、清水谷を過ぎてから突如、右手車窓に
豁が現われ、真っ青な空に裏大雪の峰々が白く輝いて見えたときには、
この世の別天地に迷い込んだような気持ちになりました。

この日は幌加から第四音更川橋梁の中ほどまで歩いて、俯瞰する場所を
橋上から確認したことを覚えています。橋を渡りきっていれば、
湖面の先にあのタウシュベツの橋梁が見えていたのかもしれません。

この写真を撮ったとき、限りなくニアミスをしていたことになりそうです。
ちなみに、左の山道をずうっーと行ったところにその橋があります。

撮影の前後、附近を散策でもしていたら遭遇していたかもしれません。
(もっとも上りを撮るためにそんな時間はなかったけど)
うーん、残念!!

足寄の夕暮れ  

今日も出社、昨日に引き続き、寒い一日でした。
足寄を出発したキューロク


この寒さで思い出したのが、渡道して味わった本当の寒さです。
ご当地では「凍ばれるにぃ」などと言っていたのですが、
冬晴れの早朝の寒さは、内地の比ではありません。
深名線、池北線、宗谷本線、釧網線などで体感しました。
-15度より冷えると、鼻毛が凍ります。そして吐く息でそれが融けます。
鼻水がシャーベット状態から凍ったり融けたりを繰り返し、鼻のなかが
ヌチャヌチャ状態になるのです。

そんな寒さを味わった置戸のある池北線、松山千春の故郷、足寄の
49年12月30日の写真をupいたします。

第二音更川橋梁を行く  

第二音更川橋梁を行く

ちょっと寒いけれど、冬晴れの佳い日でした。
明日、明後日も晴れてほしいなぁ。
昨日の利尻からおよそ一年後の49年12月28日に撮影した
士幌線の黒石平でのお気に入りをアップ!!
帯広から上士幌を過ぎるあたりまでは平坦地ですが、清水谷を過ぎると
ここは別天地。小海線の甲斐小泉から野辺山の北海道版って感じかな。
撮影効率が悪かったのですが、撮っておいて本当によかったと思える線区です。

置戸の朝  

今日も東京は暖かでした。明朝は雪との天気予想がでていますが・・・
1992レ、釧北峠へ向う

足寄の写真をアップしたところ、ブログ拍手で池北線のリクエストを戴きました。

50年3月18日の置戸駅周辺です。予定では釧北峠を狙っていたのですが、
あいにくと雪が降り始めてしまい、峠での撮影を断念しました。
長駆池田までの1992レを牽いているのは、大好きなキューロク。
勇足、仙美里と、この日は池北線を満喫しました。

第三セクターに業務委託後、ついに廃線に至ったローカル線でしたが、
石北本線が通じるまでは北見(野付牛)、網走への幹線でした。

凍れる台地  

今日の東京は目茶寒かったです。
4月の甲府―塩山のダイヤと地図をにらめっこしていて、
駄目だこりゃ!!」ってな感じ。せっかくの3往復も光線は悪いし勾配はないし・・・。さてと、どうしたものかしら。
北愛国を行く

49年12月27日の北愛国付近です。広尾線の中札内くらいから
帯広を経て士幌線の上士幌あたりまで、同じような光景が続きます。
雪は降っても風があって積もることはありません。
畑地と防雪(風)林が延々と続いていました。

このあたりの解説は、きっとひぐま3号さんが現われて語ってくれると思います。

寒村の汽笛  

日中の気温は幾分あがってきたけど、風が冷たくて北関東にいるみたいな一日でした。
幌加発車

十勝地方が続いてしまいますが、50年3月20日の士幌線、幌加です。
日本二百名山の秀峰ニペソツに登る人たちの登山口、一軒宿幌加温泉くらいしか
名のあるものはありません。ローカル士幌線のなかでも一番寂れた駅でした。

右手の棒はキロポスト。降雪の際、見えなくならないように継ぎ足してあります。
いま、帯広へ向けて臨貨が出発していきます。

この後、ひと月も持たず士幌線は無煙化されました。

第四音更川橋梁  

練馬区役所の20階、展望スペースから富士山を望みました。
冬晴れで風が強かったので、見えると思って出かけてみました。
第四音更川橋梁を行く

拙ブログの5枚目の写真の前カットです。
50年3月20日の糠平―幌加の第四音更川橋梁を行くキューロクです。
ちなみに一昨日のカットは、この貨物の折り返しです。

士幌線は撮影効率の悪いローカル線でしたので、
この橋と蒸機の写真を見たことがありません。
所謂、廃線跡走査ブームで撮影された方はいらっしゃいますが、
すでに撤去されています。
士幌線といえばコンクリートアーチ橋のイメージがありますが、
この区間は人造の糠平湖ができることから迂回した新線ですので、
ガーダー橋になっています。
あのローマ遺跡のようなタウシュベツ橋梁はすぐ近くにあります。

煙たなびく  

春一番ですか、すごい風でしたね。
広尾のキューロク

昭和50年3月19日、広尾線、広尾-新生のキューロクです。
くろくまは、この空の色が大好きです。鉛色の海も大好き。
このころ、夕張や室蘭本線、幌内線ではファンが群がり、撮影地となると
怒号が飛び交っていました。おかげさまで広尾、士幌、池北などで
存分に蒸機を味わうことができたのですが・・・。

不二川を行く  

今日はひな祭り。くろくまの母は80歳の誕生日。
懐かしのとりまさのマスターも誕生日。
ということで、ブログ更新が危ぶまれましたが、出します。とっておき。
お気に入りの士幌線の画像です。
不二川橋梁を行く

49年12月28日の士幌線、糠平近くです。
前日にはじめて入線した士幌線、そのときは臨貨が走らなくて、一日待っての出撃。
同伴者なし。清水谷から糠平まで歩きました。
その折の写真、いま思い返しても良かったなぁと思う一枚です。

吹雪の転車台  

来週あたりからは春の日差しに恵まれそう。花粉症の方は要注意。
北見相生の転車台

50年3月22日の北見相生です。ここも超ローカル線でした。
この日は吹雪、山に登ったくろくまも天候の悪化に唖然。
俯瞰に吹雪は大敵です。相生線も一日一往復の所謂効率の悪い線区。
貴重な一日を駄目にしたか、と思っていた若きくろくま。
でもね、手回しの転車台、3人でキューロクを回してました。
逆向きでも運行にはあまり差し支えないでしょうに・・・。
素敵な鉄道員たちを記録することができました。感謝!!

広尾線で海を捉える  

高橋尚子、残念ですけど、やっぱり・・・でしたね。
大相撲の春場所もスタート、陽気もまるでGWって感じです。
広尾線で海を捉える

50年3月19日、広尾線で海を入れて撮るぞっ! と意気揚々、広尾に向かいました。
単独行だったから誰に気兼ねもせず、ひたすら登り、辺りを睥睨したときは感無量。
1891レが新生―広尾の峠を越えても煙を残してくれました。

ごみ、かびが多く、レタッチにかなりの時間を割きました。
今日、ビックカメラでフィルムラッカーを見つけて買ってきました。
2580円と高価でしたが、ベース面のキズなら
ほこりの付着さえ気をつければ緩和できます。
こんな製品がまだあったか、と感動。
スポット筆、ノンスクラッチ、フィルムセメント、各種現像液、e.t.c.・・・。
年配の店員さんと、しばし、お話ししてしまいました。
でも、スポッティング用のスミは絶版になったようで・・・。

天候には勝てぬ  

そろそろコートもいらなくなりそうな、そんな春暖の日。
通勤途中の公園の桜も6~8分の開花状況。週末のお天気に期待大。
上武佐、無残

ちょうど32年前の今日、道東の標津線上武佐駅でC11を撮影。
あいにくの天候で高みに登ることができず、線路端での撮影。
強風で雪が前方からレンズめがけて襲ってきます。
勿論拭っても拭っても無駄・・・。こんな惨状を何回味わったでしょうか。

復活蒸機に食指が沸かなかった今まで。珍しく活動を再開した今年。
勾配と無関係な煙や、どんどん増える住宅に俯瞰の厳しさを覚えてます。
でも、やりまっせ!! 
ただ、どちらかといえば、メタボ対策の運動志向ゆえ、かも。

北国の人気者  

暦通りの休日だと今日の一日はつらいところです。
最近の空模様、どんよりと晴れているようで俯瞰派にはイチャモン付です。
美幌に佇むC5833

50年3月31日の美幌駅です。吹雪のなか、JNRのデフをつけた人気者
C5833が出発を待っています。
あまり目立つことのなかったC58ですが、このカマは整備されて
いつも綺麗な状態だったような気がします。

キューロク夕景  

連休後半に向かって天候は要注意です。
半袖かどうするか悩む時期ですね。
キューロク夕景

俯瞰撮影が多いくろくまですが、今日の写真はアップ。
49年12月30日の池北線、足寄です。79618、同僚の15、16は二つ目。
くろくまの大好きな機能美のカマです。こんな映像もくろくまの大切な記憶です。

オハ62の木目  

今日はラーメン屋さんで、ざる中華の大盛りを食しました。
今後、天気が下り坂とのことですので、陽射しが溢れているうちに「夏」してます。

贔屓球団がプロ野球の交流戦で「虎」ごときに連敗。怒ってます。

今日の画像は昭和50年3月31日の石北本線、C5833の牽く客レ。美幌あたりです。
木目が見事ですよね。プリント合板じゃないんですよ。厚塗りのニスもすごいっ。
このオハ627、銘板には苗穂工場の文字があります。勿論二重窓。
左で寝ているお客さんと、その右側には、枕用のクッションをセッティングしている
方がおられるようです。
オハ62の木目

この方々はじつは「プロ」です。通路側の進行方向前寄りに頭をセット。
一番寒くならないセットアップ方式です。
L字型に寝るのですが、扉が開閉されて寒気が襲う一番目の座席は避けています。
もっと「プロ」になると、座席のクッションを外して、空き缶を頭の下に挟みます。
L字型と適度な傾斜でゆったりと眠れるのです。
なんせ、冬場の石北本線、数時間の遅れは日常茶飯事でしたから。

あいかわらず、何の脈絡もない画像で失礼しました!!

キューロクの光景  

入梅を予感させるような寒い雨の一日。
この天気が明日には25度を超す暑い日になるとは想像できませんね。
衣替えもどうしたものか、考えちゃいます。
池北線の日常

今日の画像は昭和50年3月18日の池北線、仙美里でのキューロクです。
なんでもない光景ですけど、ワフ、ワム、ニの編成がすてきですね。
荷重も軽く、スピードをあげて走っています。
ごくありきたりなキューロクの光景。復活蒸機にキューロクがいないのが不満です。

キューロクの白煙(広尾線)  

天候が不安定な日曜日。自宅で酒呑んでゴロゴロしてました。
これじゃ、メタボ促進委員会から表彰されそうですね。
さてさて、大好きなキューロクを追って九州まで行ってしまいましたが、
今日は広尾線のキューロクです。昭和50年1月1日、大樹での撮影。
この日も貨物は少なかったようです。
大樹の白煙

このような日常、夢の中でもいいから会ってみたいものです。

湿原の混合列車(釧網線)  

交流戦で虎に3連敗のわが獅子軍団。広岡さんや森さん、伊東さんからみたら
トンデモ野球でしょうね。気儘で豪快な打撃は太平洋クラブライオンズ以来かも。
でも、あのときは職人がたくさん居たような気がします。
選手が大味で小粒になっているように感じるのは、くろくまだけでしょうか。
でも、今日こそはイタダキです。虎には昭和50年の借りがありますからね。
湿原の混合列車

昭和49年1月4日の標茶―磯分内での撮影です。TRI-Xの画像をスキャンすると
素粒子の映像のようになってしまいます(SSSよりよっぽどましだけど)。
C58331の牽く混合列車が行きます。4両編成をC58が牽くのはパレオと一緒ですね。
釧網線の撮影地といえば、遠矢―塘路、川湯―緑、北浜―浜小清水でしたね。
くろくまが写したのは、この標茶と細岡だけでした。

秩父鉄道さんにも旧客に戻していただいて、冬場も営業していただきたいですね。

キューロク夕照(池北線)  

マグニファイングアイピースを購入してきました。
早速D300に装着しましたが、目に見えてファインダーが見やすくなったと
いうことはありません。ケラレも少なくて、実際の撮影現場が楽しみです。
キューロク夕照

今日の写真。昭和50年3月18日。池北線の仙美里での撮影。
のちに廃線になった3セク「ふるさと銀河線」です。
その昔、石北本線開通前はこの線が野付牛(北見)・網走への幹線でした。
深名線朱鞠内と置戸は道内有数の寒冷地。
澄み渡る大気は夕映えすら透明に映し出してくれました。
キューロクと貨物のシルエットが影絵のような印象でした。

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