くろくまと蒸機たち
懐かしい蒸気機関車の写真と復活蒸機写真との怪しげな融合。
2008.01.10 Thu. 22:49 :edit
楠ヶ丘のC57

突然、九州に飛んでしまいました。
お知らせしたように、現在仕事のほうが多忙を極めておりまして、
行き当たりばったりでUPするしかないのです。
この写真は昭和49年3月14日のもの、日豊本線の田野〜青井岳〜山之口の
あいだには門石、楠ヶ丘の信号場があって、人も少なく、のどかな雰囲気で
撮影できました。このころ、最後の蒸機急行「日南3号」が走って
いたと思うのですが、青井岳近辺では日が陰り始めていて難しかったような
思い出があります。
この日は油須原で撮影した後、「みやざき」で訪れています。
北には「からまつ」、南には「みやざき」、名称付きのドン行も
風情がありましたよね。
明日からも更新なるか、非常に心配ですがご声援のほど、オネガイ!!
2008.01.19 Sat. 19:17 :edit
阿蘇の混合列車
2008.03.14 Fri. 20:36 :edit
33年前の今日その2
2008.03.15 Sat. 19:49 :edit
33年前の今日その3
いやぁー、暖かったですねー。
コートもカーディガンも煩わしく思えました。
昨日、中古カメラ店で入手したテレコンを持って試し撮りをしてみました。
久々のマニュアルフォーカス、焦りましたねぇ。
しまっておいたリンホフの三脚もとり出し、俯瞰の準備やよし。

33年前の今日は都城で駅寝、そのまま吉都線に入りました。
高原―広原でのC5552引率の客レ。当時C55は宗谷本線と南九州のみ。
雪中行軍で密閉キャブの北のC55に比べ身軽で奔放なC55も良かったですね。
ちなみに高原、広原とも音読みでは「こうげん」ですが、
高原は「たかはる」、広原は「ひろわら」と読みました。
ローカル線でのC55と旧客、また写してみたくなりました。
コートもカーディガンも煩わしく思えました。
昨日、中古カメラ店で入手したテレコンを持って試し撮りをしてみました。
久々のマニュアルフォーカス、焦りましたねぇ。
しまっておいたリンホフの三脚もとり出し、俯瞰の準備やよし。

33年前の今日は都城で駅寝、そのまま吉都線に入りました。
高原―広原でのC5552引率の客レ。当時C55は宗谷本線と南九州のみ。
雪中行軍で密閉キャブの北のC55に比べ身軽で奔放なC55も良かったですね。
ちなみに高原、広原とも音読みでは「こうげん」ですが、
高原は「たかはる」、広原は「ひろわら」と読みました。
ローカル線でのC55と旧客、また写してみたくなりました。
2008.03.16 Sun. 18:42 :edit
33年前の今日その4
2008.03.17 Mon. 20:54 :edit
33年前の今日その5
2008.03.20 Thu. 13:22 :edit
大淀川にて
2008.03.22 Sat. 18:44 :edit
青井岳境川トラス橋
2008.04.19 Sat. 21:05 :edit
南九州のC57
2008.07.22 Tue. 22:19 :edit
酷暑(山野線)
2008.08.25 Mon. 21:38 :edit
炎天下の軌条(日豊本線)
一日中、雨でしたね。気温も上がらず「どうなっちゃったの夏?」てな感じ。
雨といえば「傘」なんですけど、くろくまは「ビニール傘」が大好きです。
幼いころ、差す傘はいつも黄色。大人の傘は黒。色の少ない時代だったのですね。
長靴は黒、自転車も黒。ランドセルは男子は黒、女子は紅色。
男の子の玩具は青系統、女の子のはピンク系統・・・。
ちがう色を身に付けてると「変人」扱い、そんな時代だったような・・・。
いまは自由という束縛のもと、「自分らしさ」という、ありきたりが横行してる。
ビニール傘を差して歩くと、雨垂れの向こうに原色があるのが好き!!

こうまで涼しくなると、何故か盛夏が懐かしくなってしまいます(変だよね)。
ということで、今日のアップは陽炎がたつほど暑かった35年前の南九州。
昭和48年8月25日の日豊本線、田野―日向沓掛のC5552。
スポーク動輪&門デフのパシフィックを正面から撮るか!! というツッコミはなし!!
しかし、C55が貨物列車を牽いているなんて贅沢ですよね〜。
日豊本線と吉都線にはC57とC55の共用のスジがありました。
もっとも最後の蒸機急行「日南3号」でのC55は見かけませんでしたけれどね。
雨といえば「傘」なんですけど、くろくまは「ビニール傘」が大好きです。
幼いころ、差す傘はいつも黄色。大人の傘は黒。色の少ない時代だったのですね。
長靴は黒、自転車も黒。ランドセルは男子は黒、女子は紅色。
男の子の玩具は青系統、女の子のはピンク系統・・・。
ちがう色を身に付けてると「変人」扱い、そんな時代だったような・・・。
いまは自由という束縛のもと、「自分らしさ」という、ありきたりが横行してる。
ビニール傘を差して歩くと、雨垂れの向こうに原色があるのが好き!!

こうまで涼しくなると、何故か盛夏が懐かしくなってしまいます(変だよね)。
ということで、今日のアップは陽炎がたつほど暑かった35年前の南九州。
昭和48年8月25日の日豊本線、田野―日向沓掛のC5552。
スポーク動輪&門デフのパシフィックを正面から撮るか!! というツッコミはなし!!
しかし、C55が貨物列車を牽いているなんて贅沢ですよね〜。
日豊本線と吉都線にはC57とC55の共用のスジがありました。
もっとも最後の蒸機急行「日南3号」でのC55は見かけませんでしたけれどね。
2008.08.26 Tue. 23:37 :edit
球磨川とハチロク
2008.08.28 Thu. 21:30 :edit
C11200給炭(志布志機関区)
会社からの帰路、しっかり雨に降られました。かなり強い降りでしたね。
お盆をすぎてからの天気、明らかにおかしいと思いませんか。
これで、日曜日からは残暑が戻ってくるなんて、にわかに信じられません。
空も高くなってきているし、透き通った秋空を期待しているんですけどね。

今から35年前の8月28日の写真をアップします。今日はカマがでかいぞ〜。
前夜、桜島YHに泊まり、古江線(大隅線)を完乗して志布志で下車。
海の色がエメラルドグリーンで、滅茶苦茶きれいだったことを覚えています。
ここの機関車たちは美しく、白く輝いていました(北九州もそうでしたよね)。
夏空の下、C11とC58が給炭・給水し、ターンテーブルで向きを変える。
そんな光景を飽きずに眺めていました。門デフのC58は噂のC63のよう・・・。
200番で赤ナンバーといえば、薮原で写したD51200がありましたがネガ消失です。
昭和15年11月1日に川崎車両で製造されたC11200。
当初、行橋に配属されてから、数回異動を繰り返し、
最期にここ志布志で古江線に働いて、49年6月に引退したとのことです。
いまは、播州の龍野市中川原公園に赤ナンバーの状態で鎮座しているそうです。
お盆をすぎてからの天気、明らかにおかしいと思いませんか。
これで、日曜日からは残暑が戻ってくるなんて、にわかに信じられません。
空も高くなってきているし、透き通った秋空を期待しているんですけどね。

今から35年前の8月28日の写真をアップします。今日はカマがでかいぞ〜。
前夜、桜島YHに泊まり、古江線(大隅線)を完乗して志布志で下車。
海の色がエメラルドグリーンで、滅茶苦茶きれいだったことを覚えています。
ここの機関車たちは美しく、白く輝いていました(北九州もそうでしたよね)。
夏空の下、C11とC58が給炭・給水し、ターンテーブルで向きを変える。
そんな光景を飽きずに眺めていました。門デフのC58は噂のC63のよう・・・。
200番で赤ナンバーといえば、薮原で写したD51200がありましたがネガ消失です。
昭和15年11月1日に川崎車両で製造されたC11200。
当初、行橋に配属されてから、数回異動を繰り返し、
最期にここ志布志で古江線に働いて、49年6月に引退したとのことです。
いまは、播州の龍野市中川原公園に赤ナンバーの状態で鎮座しているそうです。
2008.08.29 Fri. 20:49 :edit
南国はシルエットで(日南線)
昨晩の雨、すごかったですね。岡崎や八王子近辺で被災された方々、お気の毒です。
東京でも一晩中雷鳴が轟いていて、眠っては起きを繰り返していました。
朝も湿気が多く、エアコンのドライを入れて5時には目覚めてしまいました。
今日も帰路は雨に祟られるのかと不安でしたが、今ごろになって雷鳴が・・・。
どこぞで集中豪雨など起こらないようにお祈りです。

今日も南九州。人気撮影地での一コマにて失礼します。
とはいっても、他にファンの姿などありませんでしたよ。夏休みも終盤だからかな。
昭和48年8月29日の日南線、大堂津―油津での太平洋バックのシルエットです。
真横からのもう少し高目の場所からの写真が、所謂「お立ち台」写真。
そこは前回出向いていたので、ちょっと場所を変えてみました。
今から思うと、もう少し下を入れて引きたいなぁ、と感じるのですが、
当時ズームレンズなど持っているはずもなく、中途半端になっちゃった。
現役時代に南九州を訪れた方なら、必ずといっていいほどの撮影地でしたね。
いまだったら飫肥から北郷にかけての山の中を狙うでしょうね。
東京でも一晩中雷鳴が轟いていて、眠っては起きを繰り返していました。
朝も湿気が多く、エアコンのドライを入れて5時には目覚めてしまいました。
今日も帰路は雨に祟られるのかと不安でしたが、今ごろになって雷鳴が・・・。
どこぞで集中豪雨など起こらないようにお祈りです。

今日も南九州。人気撮影地での一コマにて失礼します。
とはいっても、他にファンの姿などありませんでしたよ。夏休みも終盤だからかな。
昭和48年8月29日の日南線、大堂津―油津での太平洋バックのシルエットです。
真横からのもう少し高目の場所からの写真が、所謂「お立ち台」写真。
そこは前回出向いていたので、ちょっと場所を変えてみました。
今から思うと、もう少し下を入れて引きたいなぁ、と感じるのですが、
当時ズームレンズなど持っているはずもなく、中途半端になっちゃった。
現役時代に南九州を訪れた方なら、必ずといっていいほどの撮影地でしたね。
いまだったら飫肥から北郷にかけての山の中を狙うでしょうね。
2008.09.07 Sun. 13:24 :edit
在りし日の208(高森線)
休日だけど、ブログアップとブログ徘徊のために出社しちゃいました(笑)。
自民党、立候補者がぞろぞろ出てきているみたいですね(どーでもいいけど)。
石破さんはやめてほしいなぁ(個人的にあの声を聞きたくないから・・・)。
さて、大相撲の理事会は今度はどんな裁定を下すのかな(どーでも良くない!!)
土曜日に「青春18きっぷ」消化のために大井川鐡道に行ってきました。
動態保存機を複数台所有し、平日運転もこなす大井川鐡道は、とっても偉い!!
でも、その裏には部品確保用のカマがいるんです。

昭和48年8月22日の高森線。終着駅高森に休むC12208をアップします。
背景の山は阿蘇の外輪山です。南郷谷をトコトコ走るC12は画になりました。
プレートの上、架線注意の表示がありますよね。
じつは、今大井川を走っているC5644のボイラーは、このカマのボイラー。
架線注意の銘盤は黒く塗りつぶされています。
C56は、C12のテンダ版機関車なのでボイラーは共用できるようです。
臓器移植で生き返ったC56、日本仕様に戻してもらいたいなぁ。
新金谷には、内蔵を提供し続けるC12208の痛々しい骸があります。
自民党、立候補者がぞろぞろ出てきているみたいですね(どーでもいいけど)。
石破さんはやめてほしいなぁ(個人的にあの声を聞きたくないから・・・)。
さて、大相撲の理事会は今度はどんな裁定を下すのかな(どーでも良くない!!)
土曜日に「青春18きっぷ」消化のために大井川鐡道に行ってきました。
動態保存機を複数台所有し、平日運転もこなす大井川鐡道は、とっても偉い!!
でも、その裏には部品確保用のカマがいるんです。

昭和48年8月22日の高森線。終着駅高森に休むC12208をアップします。
背景の山は阿蘇の外輪山です。南郷谷をトコトコ走るC12は画になりました。
プレートの上、架線注意の表示がありますよね。
じつは、今大井川を走っているC5644のボイラーは、このカマのボイラー。
架線注意の銘盤は黒く塗りつぶされています。
C56は、C12のテンダ版機関車なのでボイラーは共用できるようです。
臓器移植で生き返ったC56、日本仕様に戻してもらいたいなぁ。
新金谷には、内蔵を提供し続けるC12208の痛々しい骸があります。























