くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

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最後の蒸機貨物6788レ  

最期の貨物6788レ

はじめまして。くろくまです。
以前、HPを開設していたのですが、生来のぐーたら。更新もしないまま、
グロッキーです。タダでできるブログの存在は気になっていたのですが
どうせ、三日坊主になるだろうなぁと思い、今までは手を出さなかった
私ですが、国鉄時代の蒸機の写真をスキャンしているうちに、ちょっとだけ
公開してみたくなってしまいました。そんな訳でのこのブログ、いつまで
続けられるのかわかりませんが、お付き合い願えれば幸甚です。

はじめての頁ですので、ちょっとだけ自己紹介です。
くろくまは東京生まれ(ネリマですけどね)、東京育ち。
昭和30年代に採れました。
中学・高校時代に各地を転戦して蒸機を写しまくりました。

自らの手ではじめて写した蒸機は昭和45年の八高線のD51507。
翌46年には中学生だというのに友人3人で渡道し、憧れのC62、D52、
D61などを撮影し、昭和50年12月には夕張線に出撃して最期の蒸機と
お別れしてきたのです。その後冬場には北海道に行かないと気が済まなくなり、
渡道回数はじつに30回に及びました。
結婚してからは、そんな自由もなくなりましたが、機会があれば、
といつも考えております。

復活蒸機の方は、昭和51~53年に大井川鐵道に通いましたが、
あまり燃えることなく、息子を連れて秩父に行くくらいでした。
大したことはありませんが反響が少しでもあれば、
続けていく大きなエネルギーになります。

と、いうことで最初の写真は昭和50年12月24日の追分です。
ストロボを焚いたわけではないのですが、TV局の取材でしょう、
ライトがあたり、D51241を闇のなかから浮かび上がらせてくれました。

トライXのASA1600増感で捉えた思い入れの深いこの1枚から、この
ブログをスタートしたいと思います。今後とも宜しくお願いいたします。
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元日の幸福駅  

幸福駅の元日

まだまだ、ブログの掟がわかりません。怪しげなコメントがありましたので
削除しました。でも、日記のように連日なるべく更新すべくUPします。
トラックパッドとかリンクはも少し経ってからにさせてくださいね。

2枚目にどの写真を選ぶか迷いましたが、正月らしいものにします。
これは、昭和50年元日の幸福駅です。ファンが群がっています。
ほぼ平坦な区間なのに機関士も大サービスの煙です。
当時、「愛の国から幸福へ」ということで、この区間の切符が売れまくって
いました。幸福は無人駅なので逆パターンはなかったのですね。
この切符は、帯広駅でも売られていました。
私も友人たちへの土産として10枚くらい買いました。

この撮影の後、ファンが集まっている辺りで大きな焚き火が催されました。
焚き火を囲んでファンが語り合いました。
当日のファンは数十人だったと思いますが、今、復活蒸機を撮りに行くと
こんなものじゃありませんよね。

車での追っかけ、置き脚、罵声、望遠ズーム多用による作画のパターン化など、
厭な時代になっているようです。ですから、復活蒸機になかなか出かけられません。

逆光の紅葉山  

501221momijiyama.jpg

さて、三日目にしてすでにストーリー性に疑問が生じてしまう。
脈絡がないのだ。どうしよう。そうだ! 蒸機終焉の50年の冬のことから
記していこう。なんといってもこの50年12月21から24日が最期の対面だ。

30年を過ぎた記憶であるので、このテの内容を如実に記したHPなどを
参考にしていただきたい。(逃げの姿勢があらわれているが・・・)
12月14日に某国営放送で百恵ちゃんとC57135(加藤芳郎氏も)が
放映されていたころ、もう気が気でなかった。

期末テストも「現国」をボイコットするという暴挙に出てしまった。
苫小牧発の夕張・登川行きで十三里にて下車。紅葉山で待ち合わせていた
F君とはなぜか会えず、単独行となる。D51241の牽く1791レを撮影し、
紅葉山で仕業のあいだに追い抜き、沼ノ沢へ。
紅葉山まで歩いて戻ってくると逆光に爆煙が妙に立体的に映えていた。

この写真はネオパンF(ASA32)での撮影。粒子は申し分ないが、
硬膜処理を誤ったか、傷、埃だらけのネガ。レタッチに時間のかかる
ネガばかり。この先どうなることやら。

歌志内線文珠にて  

500321monjyu.jpg

今日、更新しないと本当の三日坊主になってしますので焦りがあります。
そして、早くも前言撤回になってしまいました。

50年12月のスキャン画像は「ごみ取り」がなされておらず、
毎日アップすることが叶いません。(←言い訳モード)
と言うのも明日から大きな仕事が入ってしまうのです。
4Cのモデルカタログ(200頁位)で組版と画像調整をするのですが、
量がありますので、ブログ用のごみ取りまで手がまわらないのです。

そんな訳で、お茶を濁すのがこの写真。歌志内線の文珠―焼山です。
バックに浮き上がっているのは暑寒別の山並みでしょうか。
あの山を越していけば、増毛に出られるのでしょう。
撮影日は50年3月21日。この頃から道内各地で無煙化が促進されます。
神威峠を越えれば、そこは函館本線支線の上砂川線。
両線とも、もっとじっくり撮りたかった線区です。

大好きな士幌線  

タウシュベツとのニアミス

文珠の写真を写した前日、わたしは士幌線にいました。

はじめてこの線に入ったとき、清水谷を過ぎてから突如、右手車窓に
豁が現われ、真っ青な空に裏大雪の峰々が白く輝いて見えたときには、
この世の別天地に迷い込んだような気持ちになりました。

この日は幌加から第四音更川橋梁の中ほどまで歩いて、俯瞰する場所を
橋上から確認したことを覚えています。橋を渡りきっていれば、
湖面の先にあのタウシュベツの橋梁が見えていたのかもしれません。

この写真を撮ったとき、限りなくニアミスをしていたことになりそうです。
ちなみに、左の山道をずうっーと行ったところにその橋があります。

撮影の前後、附近を散策でもしていたら遭遇していたかもしれません。
(もっとも上りを撮るためにそんな時間はなかったけど)
うーん、残念!!

楠ヶ丘のC57  

楠ヶ丘のC57

突然、九州に飛んでしまいました。

お知らせしたように、現在仕事のほうが多忙を極めておりまして、
行き当たりばったりでUPするしかないのです。

この写真は昭和49年3月14日のもの、日豊本線の田野~青井岳~山之口の
あいだには門石、楠ヶ丘の信号場があって、人も少なく、のどかな雰囲気で
撮影できました。このころ、最後の蒸機急行「日南3号」が走って
いたと思うのですが、青井岳近辺では日が陰り始めていて難しかったような
思い出があります。

この日は油須原で撮影した後、「みやざき」で訪れています。
北には「からまつ」、南には「みやざき」、名称付きのドン行も
風情がありましたよね。

明日からも更新なるか、非常に心配ですがご声援のほど、オネガイ!!

旧客を牽くキューロク  

崎山の客レ

三連休は消えました。明日、定時に出社します。トホホ

昨日、脈絡もなく九州入りしたものですから、今回も九州です。
48年8月、49年3月、8月と三回、蒸機のために九州へ撮影に出向きました。
最初に行ったとき、油須原から内田信号場寄りへ行って、変則三重連を
収めたりしていましたが、今回(49年3月13日)は、関門トンネルを越えて
最初の撮影場所にここを選びました。今までとは違って崎山の方に歩いて
幾つかのカットを撮りました。

有名撮影地の近くには、ヒトの撮らない良い場所があるものですよね。
この写真は、当時はそんなに「気にならない」写真だったのですが、
最近、妙にこころが傾いてしまうのです。

皆さんにも、そんな写真がおありなのでしょうね。
そんな思い出がございましたら、コメントお願いいたします。

日中線お別れ列車  

会津加納を行くC11重連

今日はとても冷えました。ブルブル!! 明日も休日出勤する予定です。
三連休が単休になってしまった。

本日のupは日中線のお別れ列車。昭和49年11月3~4日に撮影しました。
沿線は人や車が多く、とくに会津村松から熱塩は人だかりができていました。

このポイントはロケハンもなしに、会津加納から急遽登った場所。
コンセプトは、「135ミリレンズでサイドから全編成を入れる」でした。
もっともリバーサルは50ミリでの撮影でしたので、小さい小さい。
牽いていたのは、c1180と64だったと記憶しています。

スキャンをしていて思うのですが、KIIは非常に優秀ですね。
ASA25ですが、退色も少なくF社のフィルムとは大違いです。

ちなみに、この撮影行で泊まった場所は、会津線桑原駅でした。
いまは、湖の底ですね。

足寄の夕暮れ  

今日も出社、昨日に引き続き、寒い一日でした。
足寄を出発したキューロク


この寒さで思い出したのが、渡道して味わった本当の寒さです。
ご当地では「凍ばれるにぃ」などと言っていたのですが、
冬晴れの早朝の寒さは、内地の比ではありません。
深名線、池北線、宗谷本線、釧網線などで体感しました。
-15度より冷えると、鼻毛が凍ります。そして吐く息でそれが融けます。
鼻水がシャーベット状態から凍ったり融けたりを繰り返し、鼻のなかが
ヌチャヌチャ状態になるのです。

そんな寒さを味わった置戸のある池北線、松山千春の故郷、足寄の
49年12月30日の写真をupいたします。

南房の498  

岩井のD51498

ひぐま3号さんから初コメントを頂戴いたしました。有り難うございます。
氏は、現役蒸機引退後に、山線でC623を追い続けました。
リンクを張りましたので、ご来訪願えれば幸甚です。

今日の画像は復活蒸機、去年の2月11日の岩井です。
この岩井は、小学校時代の臨海学校の起点でした。
浜辺に出て当時を振り返ろうと考えたのですが……。

終着駅の氷柱  

終着駅の氷柱

今日は蒸機とはなれて、当時の鉄道関連のスナップを上梓します。
これは、50年12月26日の十勝三股でのスナップです。
キハ12+56の二両編成が十勝三股に佇んでいます。
この日は最期の貨物、6788レを追分で撮影した二日後にあたります。
とくに好きだった士幌線にお別れを告げに行ったのです。
駅長さんとのツーショットも写しました。
この美しき路線に数回足を運ぶことができて、幸せに思います。

いまは東大雪の有志と自治体がアーチ橋の保存に努力されています。
いまでは廃線走査の方々が訪れるか、観光ガイドで訪れる人しか
いないのでしょうね。ここには確かに鉄道とそこで働く人びとが
おられたのです。

ちょっと感傷的になってしまいました。

南房の498その2  

岩井駅に進入する498

仕事の方が忙しく、更新できないのでは? と焦るあまり、
一昨日の前カットで失礼します。
駅左手のマンションでしょうか、少しばかり興ざめでした。
岩井駅への進入から一昨日のポイントまで5分以上、眺めていました。
その間に友人に携帯でtelして「実況中継」しましたっけ。

文珠のケムリ  

文珠のケムリ

先日に引き続き、歌志内線の文珠の写真です。49年12月29日の撮影です。
よく見るとナメクジが牽いていますね。ケムリのたなびき方が面白いですね。

俯瞰撮影で独り占めの蒸機は至福のひとときでした。

秩父の363  

パレオ

今日も復活蒸機です。平成9年の3月30日の撮影です。
以前より、目をつけていた撮影場所で、このときも息子と一緒の遊びモード。
上長瀞の橋梁も撮影できます。
秩父鉄道は、俯瞰に向いた場所が少なく、でも、それだからこそ
開拓したい気持ちが大きくなる撮影地です。
自宅から一番近いケムリ、年一回から三回くらいしか出向きません。
行ってみたい場所が数ヶ所ありますので、ちょっと頑張ろうかな。

阿蘇の混合列車  

混合列車を牽くC12

今日、はじめて鉄博に行ってきました。広いなぁ 混んでるなぁ 1000円は高い!!
というのが印象で、カメラ持参だったのですが、一枚も写さずに帰ってきました。

さて、今日の写真は昭和49年3月17日の高森線、中松付近です。
バックは阿蘇の外輪山のひとつ、中岳だと思います。(高岳かも?)
C12が逆向で混合列車をコトコト牽いていきます。ゆっくり、のんびりと。


秩父の363その2  

親鼻橋を行く498

一昨日の前画像です。秩父鉄道は俯瞰してもバックに雑多な建物が入るので
難しいところ、これも失敗作です。
それでも、あと数ヶ所、人の撮っていないポイントを考えておりますので
本年中に撮影、upしたいと思っています。
この写真は銀塩です。この後もう一度秩父で銀塩して、その後デジになりました。

海とD51  

岡見を発車するD%!

今日の画像は山陰本線岡見のD51です。撮影は49年8月23日。
季節は異なりますが、南房の景色と重なる部分がありましたのでUP。
このころはズームレンズなど持っていないので、トリミングが目茶苦茶ですね。
南房の498、少なくともこれよりマシに写したいものです。

今日からは航空写真も参考にして、実践モードに入ってきました。
26、27日にはお見せできるような写真をgetしたいと思っております。

駄作だったらUPしません。敗戦だと思ってください。


早暁の交錯  

栗丘の上下の煙

最近、寒いですね。大寒も古来からの二十四節気、昔人の季節感が偲ばれます。
そんな寒い朝、それも早暁の写真をup。S48.12/27の栗丘です。
ご存知栗丘でも、この時刻にはファンは殆どいません。
南へくだるD51は黒煙、岩見沢に向うC57は白煙、不思議なコントラストです。
用いたフィルムは、あのKII(コダクロームII)、ASA25です。
無謀だとは思いましたが、劣化が少なく、今となっては良き選択だったと
思っています。

会津の七つ道具  

490210aizu.jpg

今回の画像は49年2月(この撮影行の日付が不鮮明、もっと前かも)の
会津若松機関区です。右側にいるのはc11199、ほかに312や門デフの254も
いました。手前のさまざまな道具類は何なのか、わかりませんが
これが蒸機たちを保全していたのだと思います。

今考えると、もっと夜間撮影をしておきたかった。

利尻富士とC55  

利尻富士とC55

49年元日の画像です。人とちがった撮影を、と言いきるわたしでも
有名撮影地で撮りたいこともあります。
正月だというのに南稚内から数キロ歩いて写しました。
たぶんC5550だと思います。ここで撮影できたのは、この1カットのみ。
かろうじて利尻が望めましたが、朝陽にあたってホンワリ浮かんでいるのみ。
それでも初トライでその姿が拝めたのはラッキーかな?

今日は風が強く寒かったです。明後日からの南房、吉とでるかそれとも・・・

第二音更川橋梁を行く  

第二音更川橋梁を行く

ちょっと寒いけれど、冬晴れの佳い日でした。
明日、明後日も晴れてほしいなぁ。
昨日の利尻からおよそ一年後の49年12月28日に撮影した
士幌線の黒石平でのお気に入りをアップ!!
帯広から上士幌を過ぎるあたりまでは平坦地ですが、清水谷を過ぎると
ここは別天地。小海線の甲斐小泉から野辺山の北海道版って感じかな。
撮影効率が悪かったのですが、撮っておいて本当によかったと思える線区です。

南房総は微笑んでくれるか  

上総湊を行くイベント列車

遠足モードで早起きのくろくまです。毎日更新のため、一晩で二回のアップ。
このカットは、昨年のイベント時のいわゆるお立ち台、上総湊です。
わたしは、ぶらさがりの場合あまり興味が湧かないので、遊びモード。
今回もDL号は写さないと思われます。
今日は温泉に泊まります。明日、戻ってから酒に呑まれていなければ、
今回の画像がアップされる予定ですが・・・

南房を行く498-その1  

Dl南房総号080127

千倉温泉一泊SLツアーから帰ってまいりました。フーッ、疲れたぁ。
4ヶ月も前から宿を予約して30年来の友人K氏との撮影行でした。
結果? 結果は×でした。この路線は俯瞰派にはとってもキツイ!!
絞っていたポイントのうち、大本命だった88m高台に登ったのですが
サイドの展望が得られず、DL南房総号のみ撮影して本命は断念。
ロケハンしながら南下して、九重でつまらない中俯瞰ポイントに出るも
気に入らず、館山のSカーブを収めようと別行動。しかし、山はブッシュで
山頂の木にまで登るも展望開けず、初日惨敗。気をあらためて27日、
外房区間に狙いを定めて再トライ。で、撮れたのがこんなモノ。
ヤブコギで体中にイノコズチがついて、足にはマメが・・・。
いゃー、しんどかったです。(以下次号)

南房を行く498-その2  

安房小湊を行く

さて、27日のSL南房総号はK氏とふたりで、のーんびり眺めました。
勾配は下り、駅至近のため煙は期待していなかったけれど、ホントに
スカでした。それでも3分位、撮影したり肉眼で見たり、イベントの
フィナーレに満ち足りた気分になれました。

人の撮らないところというのと、もうひとつ、わたしなりのこだわりがあります。
それはノートリミング。昔から35ミリでしか蒸機を撮っていないので、解像度や
表現力に不安が多く、そのあまり、現像で微粒子に燃えたり、ミニコピーという
複写専用のフィルムを、なんとASA6(実効感度)で撮影して、自ら処方した
メトール単液POTAで現像したりしていました。

ですから、このブログに掲載している写真もすべてノートリです。
勿論、比率の兼ね合いでカットしているとか、角度の補正などはしていますがね。

今回の撮影行のラストで、とっても気分のいい時間を持つことができました。

南房を行く498-その3  

鯛の浦をバックに

昨日の後カットです。残念なことにケムリも加減弁の蒸気すらなく、空しいですが
南房総の風景に海はつきもの、アップします。
来年以降、この行事が行われたら、ここでDL南房総号を狙うのがいいでしょう。
発車だし、勾配も味方して、それなりの写真が期待できると思います。

海は鯛の浦、岬の突端には日蓮ゆかりの誕生寺の仏舎利も遠望できます。

明日、もう1枚南房をアップして、今回の撮影行報告を終わります。

26日のDL南房総号もアップしようと思ったのですが、豆粒のうえにケムリなし。
やめときましょうね。

南房を行く498-その4  

498の白煙たなびく

今回の撮影行のなかで、いちばん気に入っている写真をアップします。
右に20度ほど振れば、海があるのですが・・・。残念!!
太陽に雲がかかったり、晴れたリを繰り返していたのですが、通過時刻には、しっかり
晴れてくれました。ここでもズームレンズを引いたり出したり、レンズ交換もしたり、
ゆっくり、じっくり撮れました。
蒸気のたなびく白煙って、物悲しいものがありますね。

突然「あけぼの」でごめん  

ネガを整理していたら、昭和44年ころのものが4本みつかりました。
ミノルタの距離計式のカメラを4,000円くらいで買ってもらって、
大事に持ち歩いていた時代のものです。
20系ゆうづるの憩い

ゴミとりも殆どしていません。カビも見受けられます。
でも、妙に懐かしさがこみ上げてきて、アップしてしまいました。
ほかにも袋小路の上野駅ホームから写したものとかがあるのですが、
ゴミ、カビ、キズのオンパレード。
でも、こんな写真もたまにはいいかも!?

ご訪問に感謝します!

どんだけ〜?

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