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05« 2008/06 »07

プロフィール

くろくま

Author:くろくま
メタボに悩むくろくまです。
蒸機終焉までの五年間、
期末試験も受験勉強も
ほったらかしで、各地を
駆け巡りました。
このブログが回顧録になるのか、
それとも新展開が生まれるか、
わたしにとってもお楽しみ!!

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川遊びとパレオ 

昨日の低温はなんだったのか、というような暑〜い一日になりましたね。
秩父でお気楽に写して、あとは散歩とロケハンのつもりで出かけましたが、
昨日までの雨のおかげで、大気中のダストが洗い流されたようで視界良好。
武甲山もしっかりみえたので、予定外の行動に出ることにしました。
予定していたのは武州日野〜中川の荒川を挟んでの丘だったのですけど、
以前から地形図で「抜ければ写せる」と思っていた場所に挑戦しました。
定番橋梁(ウラ)
H20.0601上長瀞―親鼻 NIkonD300 VR70-300f4.5-5.6G 300ミリで撮影

それがこの写真。気温も高いのでスカは予想の範囲です。
が、VR70〜300の描写はとても満足のできるものではありません。
このポイントは秋口に再度トライしてみようと思います。

いやぁーっ、暑くて暑くて黒のTシャツに真っ白な塩が吹いてしまいました。
たるんだお腹の上に真横に白いスジがついてしまい、情けない思いをしてしました。

サロマ湖の傍らを 

東京も入梅が宣言されたようです。まあ、週末に晴れてくれればいいのですが。
最近のキューロクシリーズが好評のようですので、今日もその類いです。
サロマ湖の傍らをいく

昭和49年12月24日の湧網線、浜床丹での光景です。この日も貨物が少ないですね。
ちょうど、この日の一年後、夕張線で最後の蒸機貨物が運行されました。
浜床丹は乗降場で、計呂地と床丹のあいだにありました。
琵琶湖、霞ヶ浦についで、広さを誇るサロマ湖の西側に位置します。
この線区ももっと撮っておきたかった風光明媚のロングローカルでした。

サロマ湖畔を行く 

寒〜いですね。迂闊に衣替えなんかしたら凍死しそうです(嘘)
仕事のほうはヒマでしたので、いろんなブログ見たり投稿してました。

さて、今日のアップは、と考えたときにひぐま3号さんのブログを見たら
拙ブログの湧網線にコラボっておられるじゃありませんか。
くろくまも急遽予定変更で、サロマ湖バックのカラーをアップしちゃいますね。
サロマ湖畔を行く

画像は昨日の貨物撮影のあとの上り貨物です(49.12.24)。
こちらも荷は少ないようですが、急勾配のため白煙が出てますね。
背景は勿論サロマ湖です。
蒸機終焉の後、キューロクの舞台が次々に廃線になってしまいました。

もうすぐ運行される常紋のカマ、本務機D51、後補機キューロクなんてことなら
出かけちゃうかも・・・。

とるねえど 

えーと、タイムオーバーになってしまいました。
現役蒸機のコーナーでは、レタッチの関係上、極めて厳しいのですが、
酔いがそれを更に加速します。
和寒発車

今回は宗谷本線、48年12月30日です。和寒発車の光景。
夕刻になって、旭川目指してD51の貨物が発車します。
その折の煙がすごかった。
あえて、今風デジ作家風の表現でトルネードとしました。
35分遅れのアップです。ごめんなさい。

キューロク、客車を牽く 

会社のエアコンを「ドライ」にしていると、少し寒くなってきて、電源を切ると
ムシムシしてくる。梅雨、絶頂ですなぁ。気温の上下は身に堪えますぜぇ。
今日のアップは、最近のデジをテキトーに出しちゃおうと思っていたのですが、
新たなお客さまもいらっしゃるので、現役キューロクをアップします。
唐津線峠越えのキューロク

トコトコ走る北のキューロクとちがい、北九州のキューロクは汗だくで稼働。
べつに業務に差があるわけではないけど、煤だらけで小回りの利くキューロクは
炭坑のシンボルでした(イメージの問題ですけどね)。
そんななか、ここ唐津線はちょっと例外。炭坑とは離れていて、客レも残存。
デフなしの59681が峠に挑んでいます。
西九州は大村線、佐世保線など大型蒸機が先頃まで頑張っていた路線。
くろくま、残念に思うのが九州の五能線ともいえる松浦線を写せなかったこと。
写真は昭和48年8月21日の厳木―多久。
くろくまは客車のことが分かりませんが、デッキの部分が見事に抜けてること、
座席の区画ごとに鋲が打たれているこの旧客、好きですねえ。

唐津線、貨物 

梅雨の晴れ間、というよりどんよりと晴れた一日でした。
今日も酔いどれ、やっとぎりぎりでアップです。
唐津線の門デフ

さて、今日は昨日の厳木―多久での貨物。門デフのキューロクが牽きます。
昨日と違うのは、デフだけでなく、ランボードをご覧いただければ
お分かりのように、給水温め器の位置、そしてテンダのスタイルです。
いずれにしても、サイド、後追いはキューロクの姿がより美しく輝く瞬間でした。
唐津線、厳木―多久。昭和48年8月21日。ニコマートFTn、135ミリf2.8

横瀬川橋梁俯瞰(失敗) 

明日、日曜日の天気が悪そうなので、晴れてるうちに秩父にお出かけ。
これまた、いつものように紫外線、ガス、薄曇りに高温。おれは稲じゃないぞ!!
山道を歩いていると、「見っけ!!」。木耳ですね。高さ50センチはあります。
木耳01

裏を覗くと・・・、やはり木耳です。
木耳02

先週、横瀬川の橋梁(未だ撮影していません)を俯瞰しようとして轟沈したもので、
今日こそは、と登りに登りました。撮影場所にはこんなヤツもやってきました。
蝶? ガ? どなたかご教授を。
が

陽が差したり翳ったり。本命のはずだったのですが、条件最悪、コントラスト不足。
勿論、煙もありません。一応、撮った、ってだけになっちゃった。
空気の澄む秋口に再度トライするしかありませんね(こればっかり)。
横瀬川橋梁

下山して、皆野の駅の近くのスーパーでビールを買って、つまみにキュウリの
ぬか漬け(2本130円)を買って、洗って食べるんです、と店の方に言ったら、
「食べやすいように切ってきますよ」ですって。
ビールとキュウリ

帰路の快速急行でおいしいビールが楽しめました。

キューロクの白煙(広尾線) 

天候が不安定な日曜日。自宅で酒呑んでゴロゴロしてました。
これじゃ、メタボ促進委員会から表彰されそうですね。
さてさて、大好きなキューロクを追って九州まで行ってしまいましたが、
今日は広尾線のキューロクです。昭和50年1月1日、大樹での撮影。
この日も貨物は少なかったようです。
大樹の白煙

このような日常、夢の中でもいいから会ってみたいものです。

一週間前のリベンジ 

日中は不快指数100%てな感じでムシムシしてました。
帰宅の際は、雷鳴がとどろき「梅雨入り」を実感しました。雷鳴は梅雨の「入り」と
「明け」の必需品です。土日が晴れるように祈っているくろくまです。
荒川を渡る(秩父鉄道)
さて、今日は先週失敗した親鼻橋の裏画像のリベンジ版です。
70-300VRにPLフィルターをかませた画像が酷かったので、80-200にリアコン
かませての再トライです。若干ですが煙もあり、「それなり」かな〜と思います。
ここでの撮影の後、さらなる高みに行ったら、いつものガス状態。
コントラストのない平板な写真しか撮れませんでした。
H20.6.7 上長瀞―親鼻 80-200f2.8+(×2)

へへっ。また遅刻。今度は77分のタイムオーバー。
贔屓の西口投手の対G勝利投手、ということでお許しを(何のこっちゃ!?)。

キューロク驀進(名寄本線) 

梅雨の晴れ間でしたね。衣服も昼飯も天候でずいぶんと変わります。
晴れたら半袖のポロシャツ。昼食も「冷やし中華」とか「冷やしたぬきうどん」。
雨が降ると気温がグッと下がり、ワイシャツにベスト。昼食もみそラーメンや
カツ丼になってしまいます。

ここのところ、K点越えの更新をしてズルしてましたが、一念発起(どうだか?)。
ちゃんと本日内アップを心がけます(←怪しいもんだ)。
キューロク驀進

昭和50年3月14日の名寄本線、渚滑です。川向(乗)とのあいだにある、橋梁の
手前、39626がたくましく力走しています。
このところ、風景に溶け込むようなトコトコ走るキューロクをアップしていましたが
力強いところも見せておかないと・・・。
大した勾配でもないオホーツク沿岸で一所懸命。迫力だってD51たちに負けません。

なんか、キューロクから離れられなくなっちゃってますね。好きだからいいかな〜?

霞む山村(秩父鉄道) 

秋葉原の惨事、時期を失した野党の動き、お役所帰宅の居酒屋タクシー。
世の中狂ってますね。湿度の高い今日みたいな日にはイライラも最高潮です。
霞む山村(秩父鉄道)

今日は、過去ネタの続きカットで恐縮ですが5月18日の後カットです。
俯瞰撮影といっても、無理矢理望遠で引きつけるのは本来はご法度。
ゆとりのある焦点距離で、と思うのはくろくまだけではありますまい。
されど、です。昨今の鉄道沿線、建造物が多くてなかなか絵になりませんよね。
パチンコ店、マンション、大型工場などがなければ、それなりの場所ってありです。
今日は、そんな白久から三峰口の集落をデジ70ミリの視点で提供です。

手抜きですって!! くろくま、慎んで甘受いたしますです。

湿原の混合列車(釧網線) 

交流戦で虎に3連敗のわが獅子軍団。広岡さんや森さん、伊東さんからみたら
トンデモ野球でしょうね。気儘で豪快な打撃は太平洋クラブライオンズ以来かも。
でも、あのときは職人がたくさん居たような気がします。
選手が大味で小粒になっているように感じるのは、くろくまだけでしょうか。
でも、今日こそはイタダキです。虎には昭和50年の借りがありますからね。
湿原の混合列車

昭和49年1月4日の標茶―磯分内での撮影です。TRI-Xの画像をスキャンすると
素粒子の映像のようになってしまいます(SSSよりよっぽどましだけど)。
C58331の牽く混合列車が行きます。4両編成をC58が牽くのはパレオと一緒ですね。
釧網線の撮影地といえば、遠矢―塘路、川湯―緑、北浜―浜小清水でしたね。
くろくまが写したのは、この標茶と細岡だけでした。

秩父鉄道さんにも旧客に戻していただいて、冬場も営業していただきたいですね。

針葉樹の見える駅(秩父鉄道) 

どこのブログでも書いてるんでしょうね。「暑い一日でしたね〜」って。
半袖のポロシャツで出勤すると、おなかがポッコリ。厭だなメタボって。
そういえば、明日は地下鉄副都心線の開通ですね。山手線が空くから良しかな。
針葉樹の見える駅

3月29日、三峰口で山を登りすぎて蒸機の時刻が迫り、いそいで駆け降りてきて
「撮り逃したか!?」と思ったけれど間に合った、ということがありました。
「写せてよかった」と安心してしまい、返しの5002レで大失敗と記しましたが、
その画像をずーずーしくアップしちゃいます(ネタが尽きたか!! くろくま)。
返しの三峰口発の時刻を勘違いしていて、登ろうと思っていた場所に着く前に
汽笛が聞こえてきたのです。なんせ車道を歩いていたものですから、パニック。
三脚をかなぐり捨て、線路の見える場所まで走り、手持ちで撮影。
枝打ちされた針葉樹の幹が垂直にならんでいて美しいですね。
電線が入っちゃたり、駅が木の影になっちゃいましたがお許しあれ。
平成20年3月29日白久。80-200f2.8、80ミリで撮影。

明日も暑いそうです。日曜日は晴れるけど気温は低めとか。どーする、くろくま。

C57の構図(室蘭本線) 

TVをつけると、どのチャンネルも岩手宮城内陸地震の放送でした。
被災された方、救助に尽力されている方にこころよりエールを送りたいと思います。

くろくまは、天気予報が「暑くなる」というので、今日はお休み。出撃なしです。
そろそろ夏眠の季節到来ですね。過去ネタでブログが持つのかが心配です。
C57の構図

昭和48年12月27日の栗丘です。カマは超有名機C57135です。
この角度から見ても貴婦人ぶりがうかがえますね。マニの鉄格子が懐かしいなぁ。

雪面の多くの足跡はファンが撮影地点に向かったものと逡巡したもの。
何万人ものファンが訪れたこの地、皆さんのなかの栗丘は今でも息づいていますか。

主のいない公園で(室蘭本線) 

天気予報の天候、気温からいっても今日は撮影好適日。でも、何か気乗りしません。
朝、4時に起きたのだけれど「行くぞ」って気が沸かなくって。
で、遅まきながら衣替えを敢行しました。
長年探していた、長靴とTENBAのバッグを発見。得した気分になりました。
主のいない公園で

昨日に引き続いて、栗丘。昭和50年3月15日に撮影しました。
いつもは栗山寄りの築堤方面に赴くのですが、幾度も訪れると「ちょっと違う」
写真が撮りたくなります。栗沢方面に足を向けると牧場があって、小高い場所には
児童遊園がありました。雪のない季節には、この公園のシーソーで遊びながら
「あっ、蒸気機関車!!」といった子どもたちの歓声が聞こえていたのでしょうか。
客レを牽くD51重連。ゆとりの牽引なのにこの煙。
公園の子どもたちからのレクイエムに思えてしまいました。

長大なセキを牽いて(歌志内線) 

休養十分のはずの月曜日なのですが、身体がだるい状態。
身体を使わずに酒呑みキリギリス状態だったのがいけなかったのでしょうね。
ともあれ、気温が乱高下します。年寄りは気温に弱いと言っていたくろくまも
そろそろ、自分が言われる立場が近づいてるのかもしれませんね(弱気モード)。
長大なセキを牽いて

歌志内線の焼山―文珠での撮影。昭和49年12月26日の映像です。
ブログをご覧の方のなかには、当時の石炭列車をご存知ない方も多いと思います。
この画像をご覧ください。D51が一両でセキを数十両牽いています。
このセキに石炭を満載して炭坑(ヤマ)を降りてくる。
これを毎日繰り返していたのです。夕張線、歌志内線、上砂川線(函館本線支線)、
万字線、幌内線、根室本線(滝川―芦別)、室蘭本線などで見られました。
重いセキを牽くのは復活蒸機には厳しい条件ですが、あの広大勇壮な光景に
思いを馳せてしまうくろくまでした。

長大なセキ/夏(室蘭本線) 

昼過ぎになると湿度は高く暑苦しいのですが、朝夕は結構ひんやりします。
週末には晴れてもらいたいのですが、いまのところ雨の予報がでています。
まあ、天気予報もころころと変わりますから、どうなることやら。
長大なセキ/夏

昨日の冬のセキに続いて夏のセキをアップ。昭和50年7月31日の撮影です。
先日アップしたC57の客レと同じ場所からのショット。
遠くにみえる駅は登別です。撮影地点から1キロ弱。
で、画像をご覧ください。セキの最後尾は駅にかかっているではありませんか。
少なくとも7、800メートルの編成をD51が単独で楽々と牽いているのです。
空身とはいえ、すごいパワーだと思いませんか。

ふと、冬場のセキの発車の音を思い出してしまいました。
発車と同時に、弛緩していた各連結個所が急激な力で引っ張られ、
鋼鉄を打ち合う音が、ガーンと大音声で鳴り響きます。その音が輪唱のように
連結器の数だけ繰り返されるのです。
凍てついた線路のうえで奏でられたシンフォニー、忘れることができません。

セキの氷柱(夕張鉄道) 

梅雨の晴れ間は今日まで、といわれていたけど、さすがに蒸しますね。
100円ショップで保冷シートを買ってきました。
これで、高みで冷えたビールが呑めるのでしょうか。
セキの氷柱

セキのはなしが続いてしまったので、何をアップしようか迷いましたが、
セキの力強さを間近に感じた昭和48年12月25日の夕張鉄道、平和をアップします。
国鉄鹿ノ谷から若菜を経て、大カーブを通り平和にやってきます。
ここから見ると平和炭鉱はスロープの下、目線が切れるほど急勾配がよくわかります。
石炭満載のセキは国鉄夕張線を経て追分、室蘭へと坂を下っていきます。
セキといえば、道央。その他は北九州。
D51だけでなく、キューロクも主役の座にあったことをお伝えします。