くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

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三峰晩秋(秩父鉄道)  

12月になって、一気に寒さが加速した感があります。寒いですねぇ。
季節の変わり目、体調をきたすことのないよう、皆さまご自愛ください。
三峰晩秋
今日は昨日のプチオフ会でのカットをアップ。ちょっと引き過ぎかな?
くろくまは何度も来ている場所だけど、皆さんは初めて。
おまけに日頃運動不足の方にとっては、役行者のような修行世界かも・・・。
とくにマイペースを崩さないのが、最年長のアラさん。記念写真なんか撮ってます(どうせ、一生見ることもなく捨てられる画像なんだよ!!)。
生来、歩くのが嫌いなKoppel-2さんが、行く先々でブーイングを噛ます。
ひぐまさんは、前日の磐西追っかけで疲れてる(車利用のくせに)。
紅一点の鹿月うさこさんが、一所懸命登ってくるのが少しばかり痛々しい。
なぁ~んて、今だから言ってるけど、くろくまの頭のなかは「高みビール」のみ。
駅至近での大眺望を味わってもらいたかったんです。
その後、浦山口定番で撮影後、駅に向かったら到達前に乗るべき電車が入線、
駅長さんに「あとひとり、来ます~、宜しく~」と、ギリギリ乗車。
16時開店を先週、ひぐまさんと確認した寄居の焼鳥屋さんは、なかなか開店しない。
裏口からくろくまが、「先週確認したら16時開店でしたよね~」と言ったら
「いつも、その時間に開店するわけじゃないんだよ!!」なんて言われちゃって。
でもシャッターを開けてくれて、店内に入れてくれました。
呑ん兵衛の、くろくま・Koppl-2・アラさんと違い、ウーロン茶のうさこさん、
実際はあまり呑まないひぐまさん、ごめんなさいね。
しっかり呑んで騒いで有頂天で帰宅したくろくま、自分のブログをアップして
すかさず眠ってしまいました~!!
ちなみに、寄居発の東武線も「あとひとり、来ますから」とギリギリ乗車でした。

2008.11/30 白久―三峰口、5001レ
Nikon D300、24-120mm f3.5~5.6D、JPG、画像処理 Photoshop CS2
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会津若松転車台(会津若松区)  

しまったぁーっ、のんびりしてたら更新の時刻をとっくに過ぎてる。
12月の声を聞いてから、極端に寒くなっちゃいましたね~。
くろくまのような爺ィはともかく、皆さんご自愛くださいね。

年金特別便が2ヶ月もコンテナのなかで眠っていたんですって。12万通ですよ!
小泉時代に民営化が加速した郵政、未配達などサービスのグレードは落ちてます。
わが家でも、送信した方がいらっしゃるのに未読という事態が発生しています。

ところで、米国では国務長官に「オバマ、恥を知れ!!」と絶叫したヒラリーが。
不思議なものですなぁ。

今日は、お得意先との打合せが表参道で11:00。その帰りに早稲田の「えぞ菊」
本店で味噌ラーメンを食べてきました。たぶん10年ぶりくらいです。
いまでも行列ができていたのには驚きです。味? むかしながらでしたよ。
今日はちょっと忙しく、帰宅時刻が遅めだったので、アップ前に酔乱状態。
まともに更新できるかどうか・・・。
と言うわけでいいかげんにアップさせていただきます。
若松転車台
昭和47年8月26日の会津若松(すみません、レタッチしていません)。
C11が転車台に乗ってるのはゆとりがあるんですけど、ここの転車台、
C58やD51も利用してました。私は知りませんが、C57180もここで転車するのかな。
今後、繁忙期にあたりますので、今日のようなヘベレケ状態も多いかと・・・。
すみませんね~。宜しくお付き合いのほど、お頼み申し上げます~。

荒川流域冬日(秩父鉄道)  

今日はパレオの本年最終運行日。秩父夜祭りに併せての運行でした。
行きたかったなぁ。ちなみに指を折れば、30日の秩父で今年30回目。
その割には大したものが写せていませんねぇ(天候が悪すぎたかなぁ)。
その他含めると47回の出撃。そのなかには秩父のウヤもあるのですけど。
今年の締めくくりは、7日の上越で都合48回目の出撃となりそうですが、
そうなると割り算では、月4回の出撃になりますね。やり過ぎですね。
へぇ~、毎週出撃だったんだ。これはマズイなぁ。来年は自粛せねば・・・。

さて、金曜日には、前線が近づいて曇りから雨へと移行するとの天気予報。
6日土曜日の「ムーミン」上野入りはどうでもいいけれど、
7日の上越は晴れてほしいものです。できれば低温で、ね!!
荒川流域冬日
今日も「鳥獣サミット」から一枚。大人数で撮ることに慣れていないくろくま、
持ってきた軽量三脚からカメラを外し、手持ちで楽しみました。
カマの位置があまり良くないねぇ(反省)。

2008.11/30 白久―三峰口、5001レ
Nikon D300、24-120mm f3.5~5.6D、JPG、画像処理 Photoshop CS2

ささやかな暖  

寒暖の差が激しく、着ていく服装も難しい。明日は降雨で気温が下がるという。
雪のある風景で蒸機を撮影したのは、すでに30年以上前のこと。
寒さ=煙の図式はあるのだけれど、「それなりにしてくれ!」って感じかな。

皆さんの出撃回数がアップされて、つくづく思いましたよ。
下手な鉄砲のワタクシ、出撃回数の割には報われていないってこと。
来期は、晴れ男か晴れ女と出撃したいものですねぇ。

誰か、くろくまポリシーで同行してくれませんかぁ!?
ダルマストーブ
さてと、寒くなった12月。本日のアップは清水沢。あの腕木信号のあった場所。
くろくまは、跨線橋を渡って、大夕張の列車内に・・・。
ありましたね、ダルマストーブ。
いまなら、さしづめ、スルメでも焼いていたでしょうね~!!

昭和49年12月23日。清水沢にて撮影。
Nikomate FTn 50mm f1.4 TRI-X ASA400 Microdol-X 20℃-9.5分

浮雲悠々(秩父鉄道)  

来るべき仕事のためにモニター、プリンターのキャリブレーションをしました。
原画と色校をくらべながらの地道な作業。
大手ならそれなりのprofileがあるのでしょうね。
そんななか、影が生じた悪天候の写真も「ズル」しちゃいました。
実際には近・遠景のバランスは滅茶苦茶だったのですけれど。
デジ故のインチキ、皆さんはどうお考えでしょうか。伺いたいですねぇ。
浮雲悠々
しぶとく先日の秩父鉄道をアップ。ギリギリで浦山口定番お立ち台に・・・。
ところが、パレオ通過直前に雲が覆い、最悪の条件になりました。
遠景と近景ではEV値にして3~5くらいの相違があったように思います。
でも、そこはそれ。デジタル時代なのでちょっと修正しました。
いつものPSでは補正しきれないので、Nikon CaptureNX を併用しました。
ちょっとズルかもしれませんね。

Nikon D300、24-120mm f3.5~5.6D、JPG、画像処理 Nikon CaptureNX&Photoshop CS2

湖底に沈んだ村(会津線)  

普段の土曜日であれば「秩父詣で」だったのですが、パレオは走りません。
直線距離5キロの実家に出向きました。父が入院中、母は足腰を痛めており
要介護の認定を受けています。なんて話は暗いからやめましょうね。
ホントはEF551こと、ムーミンの上野入りに際して撮影しようと思っていたけど
面倒臭くなって予定変更しただけ。両親とムーミン、どちらが古いかというと
両親でした。自らが歳をとるってことは、親も歳をとるってこと。
昔から「親孝行したいときには親はなし」なんて言いますよね。
蒸機の走らない冬場、時折顔を出そうと思っています。
湖底に沈んだ村
今日のアップは、オールドファンにはお馴染の会津線、第一大川橋梁。
給水塔のあった桑原を出た貨物列車は長いガーター橋を渡り、湯野上へと向かいます。
当時は交通の便のよくない只見線より、人が入っていたような気がします。
この長い橋梁を過ぎると第二、第三大川の橋梁を渡り、湯野上へ。
塔のへつりを越えて弥五島から田島方面へと登り続けます。
この桑原近辺、今ではダムの湖底に沈んでいます。鉄道も迂回したんです。
この無人駅で幾度か自炊したのが懐かしい思い出です。

昭和49年 2~3月ころ。Nikomat FTn。NeopnSSS?。

THE FINAL(上越線)  

今年が始まったころには、蒸機の撮影なんて殆ど考えていなかった。
昨年、内・外房で蒸機が走る、と聞いてKoppel-2さんと一泊旅行を思いついた。
それから今日まで、何と48日の出撃(うち、一日は秩父でのウヤ)。
名だたるブロガーよりも出撃している勘定になります。

今日は、秩父仕様での出撃。早朝の赤羽から後閑に着くまで、寒くてたまらん。
中綿ジャケットとももひきが恋しい状況。でもね、寒い=白煙、なのよ!!
予め、「ここ」と決めていた場所に一直線。風邪が吹いたり陽が翳ると
滅茶苦茶寒い。なんて言いながら、いつもの「高みでプハーッ!!」。
赤城山
こんなロケーションはたまりません。正面が赤城、右は子持山です。
ちなみに真っ白な浅間山も見えましたよ~!1

で、「高み」を目指そうとすると、こんな奴が・・・。
かなりでっかい、カモシカです。ゆったりと寝そべっていて動かない。
カモシカ
カモシカロードを避けて、「高み」に登ると、くろくまライクな展望が。
鉄路は登ってみないと分からないものですね~。
THE FINAL
沼田からくの字型にやってくる列車は、L字型に曲がっていくんですねぇ。
今期の最終日、くろくまらしい画が撮れて嬉しい限りです。

沼田―後閑 9733レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2

秋田のギースル(秋田機関区)  

皆さん、寒くなりましたねぇ。朝、布団から出るのがつらいです。
若かりしころは寒さに強かったんですけどね。齢を重ねると億劫になるようです。
秋葉原通り魔事件から半年とか。東金でも悲惨な事件がありました。
あの容疑者の風貌、「いかにも!?」って感じですが、世の中どこかおかしいよね。
「何で?」っていうようなコトが「あたりまえ」のように起こります。
まぁ、今の常識やらモラルだって、鎖国の江戸時代に培われたものらしいし、それ以前の
日本人の感覚では「性」や「家」に関することが驚くほど自由・自然だったとか・・・。
まあ、非常識を公然と実行しつづける「ミゾユウ」のソーリもおられることだし・・・。
秋田のギースルD51
一昨日、会津線第一大川橋梁をアップしたら、偶然にもあべくまさんとご一緒。
ならば、今日はあべくまさんの秋田のギースルD51にコラボしちゃいますか。
昭和46年8月10日の秋田機関区。白光りする美しいD51でした。
ちょうど、あべくまさんが撮影された羽後亀田のカマも457号機ですねぇ。
この他、C6128などもギラギラと輝いていて、保守の良さを垣間見ました。
この日は、初の北海道撮影行からの帰路にあたり、大館でD511と対面した直後。
この後、南九州に渡ることになるC61たちや花輪線・五能線の8620にも遭遇。
そんななか、当時蒸機通だったIくんが「ギーゼルだぁ。珍しいんだぜ」
と、教えてくれたので偶然写したスナップ。
後に夕張線でD51241をはじめ、何機か撮影しましたが、煙の出方が他とちがう
というようなことは視認できませんでした。地味な写真でごめんなさいね。

1971.08.10 秋田機関区
Canon Demi(型番不明)たぶん38mmくらい、NeopanSSS、DP仕上

遠くの橋に白煙が(上越線)  

東京は冷たい雨が降り続いています。皆さんのところはどうでしょうか。
今日は漱石忌。『明暗』執筆中だった夏目漱石は、大正五年の今日、亡くなりました。
49歳でしたので、享年50。今のわたしらと同年配ですわ。早死ですなぁ。
ちなみに、漱石の脳みそは保存されているのですね。脳みそが保存されてるなんて、
あのアインシュタインと一緒。そう遠くない将来、蘇生させることができるのでしょうか。
皮肉たっぷりな世評を聞いてみたい気もするのですが・・・。

勿論、『吾輩は猫である』も『坊ちゃん』も読みました。
『三四郎』、『それから』、『門』は読むのがつらかったです。
そんななか、『草枕』と『夢十夜』はすいすい読めましたね。
「仁王」を彫っているのではなく、そこにいる仁王を掘り出しているんだ。
そんな境地で蒸機が撮れたらいいなぁ~。
埋まってるパレオや498を彫り出せば傑作、なんて。100年早いか・・・。
遠くの橋に白煙が・・・
本年のラストに出かけた上越。透き通る青空と雪化粧の浅間山、谷川岳。
風が吹いたり、日が翳ったりすると寒くて寒くて・・・。
今日の画像、逆光だったり遠望だったりして、商用印刷に耐えるレベルではないのですが、
くろくま好きの「いい感じ」が出ています。
まあ、ついでの一枚ということでご覧戴ければ幸甚です。

岩本―沼田 9733レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2

ギースルの構図(夕張線)  

皆さんこんばんは。今日は暖かな日でしたね。ここ数日の寒さが嘘のよう。
明日は20℃になると天気予報で言っていたけど、体調がねぇ。
大好きな水上勉の小説を読んで、私小説の美しさを堪能しています。

ひぐま3号さんやあべくまさんのところで「ギースル」が話題になってます。
そんな訳で一昨日は、稚拙な秋田のD51をアップしたのですが、夕張もアップ。
あの最期の6788レを牽いた241号機。この3日後には終焉という状況下、
紅葉山で仕業に励む241を珍しい角度から撮影しました。
あいにくと、蒸機が上部を覆っていて、よく見えないのですが、よ~く見ると
ギースル煙突の輪郭が見えるでしょ!! 本来ならば、最期の蒸機ということで
鉄博入りとか、動体保存に選ばれるべきカマが、焼死してしまったのですね。
残念でなりません。
ギースルの構図
1975.12.21 紅葉山―沼ノ沢 1791レ D51241
Nikomat FTn、35mm f2、Neopan-F ASA32、D76 20℃ 8分現像

ダブルS(上越線)  

わたしも携わっている「印刷業界」、今日の暖かさとは異なり、すっかり「冬」化粧。
先般の原油高によって、紙代、インク代、滅茶苦茶上がりました。
得意先と交渉して、「値上げ」に踏み切った会社も多かったはず・・・。
でも今、ガソリンも安くなってきたのに、値上げした紙もインクも下がりません。
そんな折に、紙の供給を減らす大手企業、なんて、おかしいですよね。
値段を下げれば、中小零細の印刷屋、製本屋、みんな活性化するのにね。
年末の印刷屋は「残業つづき」というのが、いままでのパターン。
大手企業が大規模なリストラを進め、公言してはばからない現在、
ここまで歪んでしまった世の中に救世主は訪れないものか。
ダブルS
今日も「今年のFinal」から一コマ(←引っ張り過ぎではないかい?)。
岩本の橋梁を無理矢理撮影し、後閑へ向けての「くの字」を写し、
さらには定番「後閑築堤」を撮って、ラストはここ。Sカーブでした。
線路の東側の山裾を走る道路も、同じようにSカーブを描いていました。
それにしても、冬晴れの絶好の俯瞰日和でした。
モシカスルト「スカ王」のお二方が出撃しなかったからかな、なんてね。

後閑―上牧 9733レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2

春・煙・枯れ草・土(後藤寺線)  

皆さん、こんばんは。今日も暖かでしたね。ダウンを着ていったので暑かった!!
くろくまも会社員ですが、サラリーマンの皆さん、待望のものは如何でしたか。
くろくまは「まだ」です。まぁ、出ても「ハチドリの泪」。悲しいものです。
それでも目論見はありまして、「大容量HDD」、「Mac用地デジチューナー」、
8GBコンパクトディスク・・・。総計5万円くらいかな。まぁ、そんなもんです。
景気がよければ、レンズ・ボディに食指が動いたのですけど、ね。
春・煙・枯れ草・土
何をアップしようかなと思っていたら「現役」カテゴリーの「北九州」
「西日本」が少ないじゃあないですか。どうにかせねば・・・。
もっとも当時、東京在住の身としては、東は陸羽東線、西は中央西線くらいが
フツーの行動範囲だったのではないでしょうか。
オールドファンは御殿場線とかも撮ってますけどね。
そして近畿圏のファンは、東は中央西線、西は山口・美祢線あたりまで
出かけていたのではないでしょうか。
関西の方からみれば、会津・只見、米坂、花輪、五能は羨望の的だったでしょうし、
われわれ関東圏からいえば、播但、伯備、山陰が近いことを羨ましく思っていました。
どうでもよいようなことをダラダラ書いてしまいました。
昭和49年3月18日の中元寺川橋梁です。7~8人のファンが写っています。
大好きなキューロクのサイド画。じつは、右手の「土」の色がお気に入りなんです。

1975.12.21 後藤寺―船尾
Nikomat FTn、35mm f2.8、TRI-X ASA400、MICROFINE現像?

後閑ジグザグ(上越線)  

皆さん、こんばんは。
朝のうちは曇っていたけど、その後12月とは思えないほどの暖か陽気。
大井川や真岡に出向くわけでもなく、光ケ丘の「お風呂の王様」へ。
入浴料も、食事代金(生ビール)も値上げしてました。ご時世でしょうね。
入浴後は実家へ。土曜だけ退院の父が体重を量っていました。55.2キロ。
無口だった父も、すこしばかり惚けてきて独り言が続きます。
足腰の悪くなった母には、夕刻往診がありました。
確実に老いていく両親。何もしてあげられないという寂寥感で一杯です。
それでも、明日は雨ということで洗濯をしてきました。
実家の洗濯機、昭和40年代の二槽式なんですょ。
後閑ジグザグ
はははっ。また上越Finalネタです(←しぶといなぁ、まだ来るのか!?)。
何たって、独り高みでみた今年最後の蒸機ですからね。粘りますよぉ。
というか、「高み」で長時間、蒸機と相対するとき、どんな構図にするのか、
そのあたりをダラダラと記しているのです(幾分言い訳モードか?)。
くろくまは、カメラ一台。レンズはズームですが、焦点は手動合わせ。
「こんな角度で切り取りたい」なんて、事前には考えているのですが、
実際に蒸機がやってくれば、本能の赴くまま・・・。
いつになっても、いくつになっても正解が見えない未熟者です、ハイ。
後閑―上牧 9733レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2

在りし日のC57135(室蘭本線)  

皆さん、こんばんは。
今日は雨の一日。出かけることもなく家でゴロゴロしていました。
夕刻になって「湯豆腐」が食べたくなり、スーバーにお買い物。
昨日の浅田真央の番組を見ながら一杯やっていましたが、あの曲いいですね。
「仮面舞踏会」。和風に化粧した真央ちゃんとベストマッチです。
韓国のキム・ヨナも素晴らしいのですが、あの化粧、「浪速のおっさん」みたいな!?。
在りし日のC57135
今日は新幹線0系のラスト運行。そして33年前、室蘭本線でC57135が
ラスト客レを牽いた日です。山口百恵と加藤芳郎がNHKの番組に登場したときは、
期末試験前で、番組こそしっかり見ましたが、撮影には出かけることができませんでした。
と、いうのも12/21からの渡道を企画していたからで、
いつ終わりになるか分からない状態の夕張線に乗り込んでいく予定があったから・・・。
冬休みはだいたいクリスマス前後からでしたよね。
C57135はその後、大宮の鉄博に保存され、転車台パフォーマンスなどやってますが、
最期の定期貨物引率のD51241は、火災に見舞われたことは皆さんもご存知だと思います。
思えば、0系新幹線に初めて乗ったのが昭和43年。
その5年後に室蘭本線の栗丘でC57135と遭遇しておりましたので、その写真をアップ。
先頭車両は「ニ」のようですね。旧客6~8両くらいの編成だったと思います。

昭和48年12月27日 栗丘―栗沢 C57135牽引
Nikomat FTn、50mm f1.4、TRI-X ASA400、MICRODOL-X 20℃10分現像

2008くろくまGraffiti-1(真岡線)  

皆さん、こんばんは。
「この冬一番」寒い日のフレーズが出始めました。東京も初霜とか・・・。
しかし、暖かい日と寒い日が交互にやって来られては堪りません。
皆さまもお身体には、くれぐれもお気をつけくださいね。
2008くろくまGraffiti-1
2008年「総集編」その1です。今年の出撃日&場所を列挙して雑感を記します。
画像は「ヤレ」だったり「ボツ」だったりしたものなので、お恥ずかしいのですが・・・。
ご覧戴いている皆さまとの接近遭遇があったかどうか・・・。
「あーっ、あのとき見かけたのがくろくまだったかぁ~」なんてのがあれば楽しいですね。

1/26~27には、南房総に出かけました。Koppel-2さんとの一泊旅行でした。
26日には安房天津で大俯瞰に挑戦、その後九重で線路端爆沈撮影でした。
千倉の宿で温泉&ビールに大満足して、翌27日は安房小湊での撮影。
この辺りの画像は残念なことにHDDのクラッシュで、大半が鬼籍入りしてしまいました。

月が変わって2月9日、二度目(8~9年ぶり)の真岡鉄道へ。単独行です。
どんよりと曇った空の下、男体山すら拝めない有様。
前日降った雪は日陰だけ残っていました。
益子と茂木で写したのだけれど、煙もないし背景もヒドイ!! 
そんなオクラ入りの恥ずかしい一枚をアップ。どうぞ笑ってくださいませ。

ちなみに「総集編」などと、ほざいておりますが、
撮影場所と日時の再確認なわけですので、期待はご遠慮願います(まぁ期待するヒトはいないでしょが・・・)。

2008.2.9 寺内―真岡6002レ
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 Photoshop CS2

1~2月 3days/8weeks 累計 外房2, 真岡1

2008くろくまGraffiti-2  

皆さん、こんばんは。
「この冬一番」寒い日のフレーズが出始めました。東京も初霜とか・・・。
しかし、暖かい日と寒い日が交互にやって来られては堪りません。
皆さまもお身体にはお気をつけくださいね。

2008年「総集編」その2です。今日は3月、4月編としました。
3/23は秩父。悩んだ揚げ句、5001レを寄居で、5002レを長瀞で撮影しました。
この日は春霞がかかったようで視界良好とはいきませんでした。
3/29は三峰口と白久で撮影。のんびりしてたら返しに間に合わず情けない日でした。
4/5には寄居と樋口。薄曇りでしたが、桜が満開。気持ちのいい一日でした。
4/6には満開の桜のなか、勝沼ぶどう郷に。
一本目は抜けきれず失敗。その後高みに挑みましたが、
朝のうちは見えていた南アがガスのなかに・・・。惜しかったなぁ。
4/12は勝沼ぶどう郷と石和温泉で撮影。この日はこけて左足を挫いてしまいました。
それでも、2箇所の高みにチャレンジ。甲府盆地は桃源郷さながらでした。
4/20は樋口で2箇所。曇天でしたが遠望が利いて、ちょっと満足しました。
4/29には横川。本来ならば表妙義から狙うつもりだったのですが、
信越盲腸線から妙義が見えず、場所を変更。恐怖の懺悔岩を堪能してきました。

あれれっ。この時期にして、すでにこんなに出かけてますね。ちょっとビックリ!!
そんななかから今日は3枚をアップします。
2008秩父初日
2008.3.29 小前田―桜沢5001レ
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 hotoshop CS2
残照のパレオ
2008.4.5 野上―樋口5002レ
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 hotoshop CS2
懺悔岩から
2008.4.29 西松井田―横川(9135レ)
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 hotoshop CS2

1~2月 3days/8weeks 計 外房2, 真岡1
3~4月 7days/7weeks 計 秩父4, 中央2, 信越1

1~4月 10days/17weeks 累計 外房2, 真岡1, 秩父4, 中央2, 信越1

2008くろくまGraffiti-3  

D51498が重篤のようです。ボイラーがやられたということで、陸東はC11に変更。
来春予定の千葉には間に合わないとの噂です。
たぶん今までも仲間たちの部品に付け替えたり、大変だったことでしょう。
くろくまは、12/7に上越で見せてくれたあの雄姿をもう一度、と願ってやみません。

2008年「総集編」その3です。今日は5月、6月編。
2度目の上越線のほかは秩父鉄道入り浸り。
印象的だったのは、ひぐま3号さんとの出会いですねぇ。

5/4 上越線 9733レ津久田、9738レ岩本
5/6 上越線 9733レ後閑、9738レ×(バンジージャンプに魅入ってしまいましたぁ)。
5/10 秩父鉄道 5001レ、5002レとも三峰口 雨
5/17 秩父鉄道 三峰口 なんと運休(予定表通りなんですが!)を知らずに出かけて、
唖然とする。クマも出る高みにて、たった独りで2時間滞在。
5/18 秩父鉄道 5001レ、5002レとも三峰口 とある場所にて、
ひぐま3号さんとの接近遭遇あり(3/23にも長瀞で接近遭遇していたのですが・・・)。
6/1 秩父鉄道 5001レ皆野、5002レ黒谷
6/7 秩父鉄道 5001レ、5002レとも皆野
6/21 秩父鉄道 5001レ、5002レとも浦山口
6/29 秩父鉄道 5001レ、5002レとも三峰口 雨 
ひぐま3号さんとの出会い。初めてのくまサミット。

※5/17はパレオの走行はありませんでしたが、出撃記録としてはカウントすることにしました(だって悔しいじゃないですか)。

そんな中から今日のアップは、このなかから2枚。
津久田俯瞰(枝抜)
2008.5.4 津久田―岩本9733レ
Nikon D300、18-70mm f3.5-4.5G、JPG、画像処理 Photoshop CS2
終着駅間近
2008.5.18 武州日野―白久5001レ
Nikon D300、VR70-300mm f4.5-5.6、JPG、画像処理 Photoshop CS2

1~2月 3days/8weeks 計 外房2, 真岡1
3~4月 7days/7weeks 計 秩父4, 中央2, 信越1
5~6月 9days/7weeks 計 秩父7, 上越2

1~6月 19days/26weeks 累計 外房2, 真岡1, 秩父11, 中央2, 信越1、上越2

2008くろくまGraffiti-4  

皆さん、こんばんは。
今日もポカポカ陽気でした。寒い日が来るとクビになって路頭に迷う期間従業員や
派遣の方々が気の毒でなりません。大企業なんて、儲けているときは何も還元せず
(してるかもしれないけど・・・)に、苦しくなってくると「弱いものいじめ」を
するのですね。少なくとも年末に住居を奪い取ることだけは、やめてほしいものです。

2008年「総集編」その4は7月、8月編。
7/5 秩父鉄道 5001レ武州日野、5002レ白久。スカッスカでした~。
7/12 秩父鉄道 5001レ武州日野、5002レ浦山口。
7/19 秩父鉄道 5001レ、5002レとも浦山口。遠望が利きました。
7/20 上越線 9733レ、9738レとも渋川。ひぐま3号さんとの「くまサミット」。
このときは、一泊温泉・居酒屋付。ビジネスホテルでのアップロードで大騒ぎ。
楽しかったなぁ~。
7/21 上越線 9733レ敷島、9738レ津久田。
8/2 秩父鉄道 5001レ武州日野、5002レ浦山口。
新たな高みにチャレンジしたものの、うまく抜けず残念な思いをしました。
8/9 秩父鉄道 5001レ寄居、5002レ写せず(間に合わず)。
せっかく登った新たな高みもガスで散々。
8/14 大井川鐡道 1001レ家山、1003レ、101レは抜けずに爆沈。
1002レ、1004レ、102レ抜里。約30年ぶりの大井川。変わらぬ風景に感激。
島田のビジネスホテルに泊まるも、USBケーブルを忘れアップ出来ず、無念!1
8/15 大井川鐡道 1001レ抜けずに断念、1003レ、101レ崎平。
1002レ、1004レ、102レすべて間に合わず。惨敗。
8/16 大井川鐡道 1001レ、1003レ、101レ田野口。1002レ、1004レ、102レ下泉。懐かしの俯瞰場所に行って感無量。昔は河原でキャンプして写していたんだよねぇ。
8/23 秩父鉄道 5001レ武州日野、5002レ浦山口。雨でした。
白煙がきれいだったけれど、ガスも濃かったなぁ。

そんな中から今日のアップは5枚。ところで最近FC2、レスポンス悪いなぁ。茶畑遠望
2008.8.14 抜里―家山1002レ
Nikon D300、VR70-300mm f4.5-5.6、JPG、画像処理 Photoshop CS22
樹間からの俯瞰
2008.8.14 青部―崎平1003レ
Nikon D300、VR70-300mm f4.5-5.6、JPG、画像処理 Photoshop CS2
懐かしの場所で(30年ぶり)
2008.8.16 下泉―田野口1001レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2
雨中行軍
2008.8.16 浦山口―武州中川5001レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2
白煙夢幻
2008.8.16 武州中川―浦山口5002レ
Nikon D300、VR70-300mm f4.5-5.6、JPG、画像処理 Photoshop CS2

1~2月 3days/8weeks 計 外房2, 真岡1
3~4月 7days/7weeks 計 秩父4, 中央2, 信越1
5~6月 9days/7weeks 計 秩父7, 上越2
7~8月 11days/7weeks 計 秩父6, 上越2, 大井川3

1~8月 30days/35weeks 累計 外房2, 真岡1, 秩父17, 中央2, 信越1、上越4, 大井川3

2008くろくまGraffiti-5  

皆さん、こんばんは。年末ジャンボの販売が今日で最後だというので、手持ちの「バラ10枚」に加えて当選確率を倍にしようとしたのですが、売り場は長蛇の列。並ぶことが大嫌いなくろくま、お酒だけ買って帰ってきました。今日、買っておけば億万長者だったのかもしれないのに、残念です(笑)。総集編なんてテキトトーな企画でしたが、カラーの連続は珍しいこのブログ。21日からはモノクロの「33年前の夕張」を企画しています。昭和50年12月24日に6788レで定期運行を終えた夕張線での雄姿、そのときの渡道のありさまがお伝えできたらいいなっ、なんて思ってます。まぁ、企画倒れになる可能性の方が高いかもしれませんが・・・。


2008年「総集編」その5は9月、10月編。
9/6 大井川鐡道 1001レ、1003レ、101レ、1002レ、1004レ、102レ、すべて川根温泉笹間渡―抜里。第一橋梁がらみで写しました「温泉クーポン」で、温泉にもゆったりと浸かりました。
9/13 秩父鉄道 5001レ、5002レともに三峰口。ハラキリ林道の高みに初挑戦も天候が悪く、おまけにスカ。雨まで降ってくるし・・・。
9/15 秩父鉄道 5001レ樋口、5002レ浦山口。最悪のガス状態。
9/20 秩父鉄道 5001レ、5002レともに親鼻。くろくまとしては珍しく好展望に恵まれた。
9/23 秩父鉄道 5001レ親鼻、5002レ和銅黒谷。新たな高みは見つからず。
9/27 秩父鉄道 5001レ白久、5002レ写せず(抜けず)。
9/28 秩父鉄道 5001レ三峰口、5002レ写さず。ひぐま3号さんとの「くまサミット」3回目。上りは捨てて温泉でプハーッ!!
10/4 大井川鐡道 1001レ、1003レ、101レ、1002レ、すべて川根温泉笹間渡―抜里。今回も「温泉クーポン」利用。1004レ、102レは写さずに帰る。
10/11 大井川鐡道 1001レ新金谷、1003レ、101レ、1002レ、田野口。1004レ、102レは写さずに帰る。電車に乗り損ねて予定の高みに行けず。
10/13 秩父鉄道 5001レ秩父、5002レ写せず(抜けず)。新たな尾根に挑戦したが、大失敗。
10/19 上越線 9733レ後閑、9738レ上牧。左手が痺れていたので上牧風和の湯にて湯治? 晴れていたが上下とも駄作。
10/26 秩父鉄道 5001レ寄居、5002レ波久礼。この日もガスってました~。
あれれっ!? 出撃回数が48回だなんていってたのに、10月ですでに4642日。いい加減なことばかり言ってたなぁ。反省!!(←いやいや、合ってるゾ!!)

そんな中から今日のアップは6枚。

温泉施設前通過
2008.9.6 川根温泉笹間渡―抜里101レ
Nikon D300、VR70-300mm f4.5-5.6、JPG、画像処理 Photoshop CS2
長瀞俯瞰図
2008.9.20 野上―長瀞5001レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2
ダムと白煙
2008.9.20 浦山口―影森5002レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2
山裾ジグザク
2008.9.28 白久―三峰口5001レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2
茶畑を行く
2008.10.4 川根温泉笹間渡―抜里1001レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2
大井川の真骨頂
2008.10.11 田野口―下泉1003レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2

1~2月 3days/8weeks 計 外房2, 真岡1
3~4月 7days/7weeks 計 秩父4, 中央2, 信越1
5~6月 9days/7weeks 計 秩父7, 上越2
7~8月 11days/7weeks 計 秩父6, 上越2, 大井川3
9~10月 12days/7weeks 計 秩父8, 上越1, 大井川3

1~10月 42days/43weeks 累計 秩父25, 大井川6, 上越5, 外房2, 中央2, 真岡1, 信越1 

2008くろくまGraffiti-6  

皆さん、こんばんは。今日は赤羽にメガネを発注に行ってきました。
一月が誕生月のくろくま、免許の更新のお知らせが来たので慌ててしつらえることに。
じつは、昨年の房総でひとつ、今年の出撃でひとつ、メガネをなくしています。
ふだんは掛けないのですが、高みから線路を見るために山登りの途中で掛けたりしますが、
ヤブコギの際になくしちゃうんですね~。何せ、ふだんは掛けていないことが多いので、
なくしたことに気がつかないわけです。ですから、
今使っているメガネは、最初につくったメガネ。重たいやつです。
その後、度が進んだので免許更新時にはヤバいかなと思ってつくりました。
その後は秋葉原に買い物に。途中、尾久でブルートレインやら国鉄色の電機、
ボンネット特急車両などが見えて、ちょっぴり満足。
秋葉原でのお買い物は、1TBのHDD。もう1TBの内蔵は一万円を割っているのですね。
思えば15年前、1GBのHDDを内蔵させて悦に入っていたのを覚えています。
当時の内蔵HDDは320MBくらい、メモリーは多くて32MBくらいでした。
隔世の感がありますねぇ。買ったのは外付タイプ。
USB2だけなら一万ちょっとで買えるけど、Macでブートさせたいので、FW800、FW400、さらには最速のeSATA付きのものにしました。
そうそう、8GBのCFカードも買ってきましたよ。SanDisk(15MB/s)が¥9,780。
これも量販店よりはるかに安かったです。
撮影できる枚数は、いつものLaw+Jpegで266枚。36枚撮りが8本分くらいですね。
これですと4~5日の撮影行にも十分に間に合います(行くつもりがあるのか!?)。
あららっ、前フリが長いなぁ。

2008年「総集編」その6は11月、12月編。ファイナルです。
ちなみに、昨日は画像のアップロードに時間がかかり、足し算もできぬほどに酔いました。

11/1 秩父鉄道 5001レ波久礼、5002レ見える場所を見つけたけれど満足できず、場所移動中に汽笛の音だけ。
11/2 秩父鉄道 5001レ、5002レともに浦山口。定番での軟弱撮影になってしまう。
11/8 秩父鉄道 5001レ親鼻、5002レ波久礼。惰性で撮ったとしかいいようのない悲しい結果。
11/9 秩父鉄道 5001レ三峰口、5002レ白久。三峰口の第一展望台から10分足らずの第二展望台を開拓。
11/15 秩父鉄道 5001レ5002レともに寄居。新たな高みだったが構図が決まらないまま惨敗。
11/21 秩父鉄道 5001レ樋口、5002レ親鼻。時計が狂っていて目の前を通過する蒸機を捕捉できず。返しはつまらぬ場所で撮影。フラストレーションがたまる。
11/22 秩父鉄道 5001レ樋口、5002レ長瀞。ひぐま3号さんとの「くまサミット」4回目。高みでご馳走になった珈琲の味は忘れません。
11/30 秩父鉄道 忘年会を兼ねた、ひぐまさんに言わせれば「鳥獣サミット」。
総勢5名での和気靄々撮影。鹿月うさこさんとの邂逅は三峰口行きの車中でのこと。
撮影場所をキョロキョロ見ていたのを目撃され、恥ずかしかった。5001レ三峰口、5002レ浦山口。煙会寄居。
12/7 上越線 9733レ後閑、9738レ上牧。かねてより登りたかった場所に行き撮影。
カモシカと遭遇。今年のラストを飾るに相応しい撮影ができた。

そんな中から今日もアップは6枚。
長瀞愁色
2008.11.8 長瀞―上長瀞5001レ
ikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2
樋口紅葉
2008.11.8 樋口―波久礼5002レ
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 Photoshop CS2
紅葉の荒川流域
2008.11.8 樋口―波久礼5002レ
Nikon D300、VR70-300mm f4.5-5.6、JPG、画像処理 Photoshop CS2
霞かかる三峰

2008.11.9 白久―三峰口5001レ
Nikon D300、18-70F3.5-5.6、JPG、画像処理 Photoshop CS2
親鼻橋夕照
2008.11.22 親鼻―上長瀞5002レ
Nikon D300、80-200mm f2.8、JPG、画像処理 Photoshop CS2
今年のファイナル
2008.12.7 後閑―上牧9733レ
Nikon D300、80-200mm f2.8×2、JPG、画像処理 Photoshop CS2

1~2月 3days/8weeks 計 外房2, 真岡1
3~4月 7days/7weeks 計 秩父4, 中央2, 信越1
5~6月 9days/7weeks 計 秩父7, 上越2
7~8月 11days/7weeks 計 秩父6, 上越2, 大井川3
9~10月 12days/7weeks 計 秩父8, 上越1, 大井川3
11~12月 9days/7weeks 計 秩父8, 上越1

1~12月 51days/52weeks 累計 秩父33, 大井川6, 上越6, 外房2, 中央2, 真岡1, 信越1 

蒸機最期の冬―その1  

皆さん、こんばんは。
33年前、1975年の12月、最期の蒸機を撮りに渡道した折のメモを見つけました。
当時の写真とともにご紹介したいと思います。今日は33年前の12/20、21編。

12/20 旅立ち

6:15。Oが邪魔をする。(足立区在のO君が上野まで見送りに来てくれた
たぶん、彼自身、受験があるので渡道できないことからの激励だっただろうと思う)
上野 「いわて1号」 黒磯にて、なめこ汁(¥100)を買う。
連鎖反応か、同じハコの人たちも買い求める。
盛岡 「はつかり2号」
無事に盛岡に着き、エビ天そば(¥200)を食べる。
(あれれっ、そば粉アレルギーなのに!!)
雪が目に痛い。寒さがキツイ。八戸では雪がちらついていた。
青森 連絡船は「八甲田丸」。
今のところ楽々と座ってきているけれど、連絡船も込んでくる気配はない。
インスタントのハンバーガー(¥120)を食べた。
今ごろFは「はつかり5号」。Sは旭川か、東室蘭か。
(F君は世田谷在。今回合流する約束をしていた友人。S君は京都在)
連絡船内でMと会い、しばし同行。(M君とは前年の夏、山陰で会っている)
函館 牛乳(¥50)「すずらん4号」

12/21 いざ撮影に

苫小牧 Nと会い、情報を仕入れる。すなわち以下が運行スジ。
(N君は熊谷在。先日、Koppel-2さんたちと写真展を行なった)
下り 6793(重)、1791、5797、9799(臨)、9799(臨単)
上り 5782(単)、5782、5792、5794、6788(重)。

十三里(1791レ D51241 TRI-X)―沼ノ沢(ファンタアップル¥90、帽子を忘れる)
―(歩き)―紅葉山(ラーメン¥300)―沼ノ沢―追分―230レ―苫小牧―東室蘭(駅泊)

十三里付近を行く241
1975.12.21 十三里―滝ノ上 1791レ D51241牽引
Nikomat FTn、35mm f2、TRI-X ASA400、D-76 20℃ 6.5分現像

東室蘭でTに230円分の電話をする。(T君は入間在。彼の8ミリを借りて来ている)
「ホクヨー」なる喫茶店でグァテマラ(¥300)を飲む。
一回一回、ドリップで入念に煎れていた。
マメの香りがありありと出ていて、いかにも北海道的だった。
夜、雪の便りあり。明日が楽しみ。
なんといっても雪が少なくって、今日など暑いくらいだった。
Fと会うはずだった紅葉山では、沼ノ沢から寝過ごしてしまったので会えず。
(おいおい、寝過ごして待ち合わせをドタキャンかよ、当時からヒドイくろくまだぁ)
蒸機は24日までだということを知る。
雪が大量に降ると、ラッセルがきついなぁ、なんて考えながらぼんやりしている。
ファンの人数が多いのには参ってしまった。

※当時の走り書きのメモに注釈を加えて記しています。
何も記されていないところもあり、整合性が疑わしいのですが、
なるべく当時のまま記載しております。

蒸機最期の冬―その2  

皆さん、こんばんは。
昨日、Fと会えなかったと記しましたが、沼ノ沢で撮影した写真にFが写っていた!!
たぶん、沼ノ沢で再開が叶ったのだろう、と思う。
(彼との同行は49年12月から50年1月にかけて。美幌線や根室本線を一緒に撮影した)

当時は勿論ケータイなんぞないから、はぐれたりすると大変。
まぁ、夕張線全線でも大した距離ではないので、人の集まるところに行けば会えたのだ。

東室蘭―苫小牧―十三里―紅葉山―川端―夕張―追分―苫小牧―東室蘭(駅泊)

12/22 友との再開

この日は行程以外の記載がほとんどない。旧友と再会して話がはずんでいたのだろう。
この撮影行では8ミリを帯同していたものだから、スチルではモノクロしか撮ってない。
雪の中での8ミリとスチル。ともにピント・露出(TTLの指針はあるが)とも手動合わせ。
今の機材からは信じられないほど厳しい撮影条件だった。

当時の北海道での撮影の際の服装やら装備品について思い出してみると、
靴=登山靴&スパッツのときもあったけど、スノトレや北海道仕様ゴム長のときも。
下着はふつうの下着。ラクダを持っていったこともあったけど、あまり使わなかった。
上は重ね着で長袖シャツの上にセーター、防水(シンサレート)の上っ張り。
マフラー、耳当て付きの帽子(koppel-2さんに言わせればシジミ売りの帽子とか)。
オーバーズボン←利用したのは数回しかなかったような・・・。
サングラス←ゴーグルのときもあり。

装備:背負子に銀函。さらに荷物入れとして銀函と同サイズの木箱。
背負子には自転車用のゴムロープで固定した。ダークバックも持っていった。
三脚は逆さにして背負子の上の角にかけた。勿論プレート、ロアー付き。レリーズ。
寝袋。背負子の最下段に設置。カメラ3~4台。レンズ3~4本。フィルム30本くらい。
フィルムは、100ftの長巻きからパトローネに詰め替えると19本(36EX)がとれた。

ストーヴ(当時はオプティマス00)。灯油(1リットルのポリタンに入れて)。
メタクッカー(余熱を導いてくれる)。白金カイロ(祖母に無理矢理持たされる)
水用の2リットルのポリタン。米(一合ずつ小分けにしたもの数個)。
レトルトカレー(当時はククレカレー中辛が多かったような・・・)数個。
インスタントラーメン(札幌一番みそが多かったかな)数個。
コッヘル、マグカップ、インスタント珈琲。

時刻表は大きく重いので、函館で「道内時刻表」を購入し携帯していた。
沼ノ沢お立ち台にて
1975.12.21 沼ノ沢―紅葉山 9799レ D51916
Nikomat FTn、50mm f1.4、TRI-X ASA400、MICROFINE(2回目) 20℃ 10分現像

十三里(無人駅)を過ぎて
1975.12.22 十三里―紅葉山 1791レ D51465
Nikomat FTn、50mm f1.4、FP4 ASA125、MICRODOl-X(1:3) 20℃ 15分現像

紅葉山発進
1975.12.22 紅葉山 1791レ D51465
Nikomat FTn、135mm f2.8×2、TRI-X ASA400、D-76 20℃ 6.5分現像

龍仙峡お立ち台にて
1975.12.22 川端―滝ノ上 5797レ D51603
Nikomat FTn、135mm f2.8、TRI-X ASA400、D-76 20℃ 6.5分現像

今日のアップはレタッチ不十分で申し訳ありません、後日差し替えます。

蒸機最期の冬―その3  

天皇誕生日。75歳になられたとか。お健やかに過ごしていただきたいものです。
さて、年末に向けての貴重な休日。年賀状を書いて過ごしました。
例年、宛名をワードからプリントアウトするのですが、今年は手書き。
裏面は、会社のレーザープリンタでの出力画像です。
レーザーでのプリントは、かすれてしまって非常に汚いです。何でかなぁ。

12/23 石狩鍋と暖かな布団

東室蘭―苫小牧―十三里―鹿ノ谷―十三里(Kさん宅泊)

~当時のメモから~
クマ山(ママ/クマの出そうな高みの意か?)で。霧の中で。平和の山で野球。
十三里の山ではF君と記念撮影をした。彼は乗っていたので(原文ここまで)。
(撮影場所ごとに、待ち時間を野球をしながら過ごしていたようだ
もっとも野球といっても、ゴムまりを投げて木の枝で打つだけのことだけど・・・)

この日も記載は少ない。昨日の川端に懲りたか、鹿ノ谷の山の上から二人っきりの
高み撮影をして疲れてしまったのだろう。

撮影後は、「翌日は最後だから朝から十三里で写そう」と話し合い、
無謀にも十三里の駅(無人駅)で夜を明かそうと、自炊の用意をしていた。
下り最終で降りてきたおじさんに「お前たち、何してるぅ~」と問われ、
「駅で泊まる」と答えると、「凍えてしまうんでないかぃ。ウチに来たらいいべ!?」

駅のすぐ近くに「Kさん」宅はあった。
突然の来客(それも初対面)にもかかわらず、囲炉裏の前の特等席に誘ってくれる。
「寒いっしょ~、風呂に入んな」と、汚れまくった二人に「湯」を馳走してくれた。
「こんなモンしかないけど」と言いながら囲炉裏の大鍋からよそってくれたのは・・・。
「これ、何ですかぁ」「シャケが入ってるっしょ。ナンベだぁ、口に合わないがなぁ?」
鍋には煮とけたようなシャケと野菜が入っていた。無論、何よりも美味しかった。

食事が終わり、Kさんといろいろな話をした。奥様もご子息もとても親切だった。
来客用なのだろう、ふっかふかの布団のなかで身体も心も温まる夜を過ごした。
明日が蒸機最後の日。そんな特別の夜に・・・、少し泣けてきた。

十三里の朝
1975.12.23 十三里―滝ノ上 1791レ
Nikomat FTn、50mm f1.4、FP-4 ASA125、MICRODOL-X(1:3) 20℃ 13.5分現像
この撮影行、すべて十三里からスタートだった。人の降りないこの駅が好きだったのだろう。

鹿ノ谷俯瞰
1975.12.23 鹿ノ谷―清水沢 1791レ
Nikomat FTn、135mm f2.8、Neopan-F ASA32、D-76(1:1) 20℃ 8分現像
この画像、不思議な感じがしませんか。そう、牽いているのがセキじゃあないんです。
中央下にファンが群がっていますが、その左上の丘にひとりカメラマンがいます。
彼こそがN。蒸機終焉30周年の呑み会で、山上のわたしとFの写真をくれました。

平和炭鑛にて
1975.12.23 鹿ノ谷―清水沢 5782レ
Nikomat FTn、135mm f2.8、FP-4 ASA125、MICRODOL-X(1:3) 20℃ 15分現像
閉山した炭鑛のアーチのなかにD51を据えてみました。

今日の画像もレタッチ(ごみ取り)不足でした。申し訳ございません。

蒸機最期の冬―その4  

はーい。クリスマスイヴです。
皆さんはどんな夜をお迎えでしょうか。

12/24 最期の日

十三里―追分―岩見沢―「大雪5号」―旭川(駅泊)
晴れ。天気予報は外れ(たぶんKさん宅でテレビを見たのだろう)。
お世話になったKさんの家をなかなか離れられず、結局昼食まで戴いてしまった。

おじさんもおばさんも早起きで、五時にはストーヴに火をくべてあった。
朝の1791レは、先日Fと登った場所から、今度は8ミリも作動させて撮った。
前日より幾分明るかったし、川にガスもかかっていなかったのでヒットだった。
Kさん宅で朝ご飯を食べさせてもらって、洗顔もした。
紅葉山方面から下ってくる列車は、お宅のすぐそばの哀れな犬(痩せていたのか?)の
そばでFとともに記念撮影のバックに組み入れた。余裕が感じられた。
この場所で、Kさんたちと一緒に記念撮影を撮った。
「恥ずかしいので下の方は撮らないで」とおばさんが言っておられた。
ベルトクイズQ&Q(懐かしいなぁ!!)をみて、シャケの昼飯を食べた。
例の山に登るには、少々時間が不足気味であったのだが、
カメラバックを背負子から離して(原文ここまで)

この後、十三里の丘で新さんとの劇的な出会いがあったのだが、それは以前の記事で。
新さんに言わせると「声をかけようとしたらヒッチして行っちゃった」とのこと。
追分までの移動はヒッチハイクだったようだ。

そして、追分では夥しい廃車群を見、最期の定期貨物列車6788レを撮影した。

Kさんには後日、礼状を添え記念撮影した全紙のパネルを送らせていただいた。
あれから33年。Kさん、ご存命かどうか・・・。

蒸機をバックに
1975.12.24 追分機関区 79642
Nikomat FTn、50mm f1.4、TRI-X ASA400、D-76 20℃ 6.5分現像
「SLさようなら入区式」と記されていた。
機関区の人たちがD51241に別れを告げた場所なのだろう。
たぶん、お別れのお神酒を注いだのではないだろうか。

追分の夜
1975.12.24 追分駅待合室
Nikomat FTn、50mm f1.4、TRI-X ASA1600、D-76(3回目) 21℃ 21分現像
人数が少ないとはいえ、待合室はファンで一杯になった。
あなたの若かりし姿が写ってはいないだろうか。

のんびりしてたら時間切れになってしまいました。
アップしたい画像はもっとありますが、それは後日。
メリークリスマス。



余韻と忘我  

NHKのテレビドラマ「フルスイング」が3夜連続で放映されている。
プロ野球のコーチから教師に転身した熱血漢のストーリーは、涙腺を刺激する。

飯島愛さんの変死、驚きましたね~。まだ36歳ですってね。

そんなこんなで、あと二日で冬休みになります。不景気、どっかに飛んでけ~っ!!

12/25 余韻と失念

旭川―札幌(Fと別れる)22:00「からまつ」―

この日は何をしていたのだろうか。
Fと旭川駅で一夜を過ごし札幌で長いことうろついた後、Fの帰京を見送ったはず。
その間の記憶がない。前夜に十勝ワインのトカップを一本空けたことは覚えているが。
札幌から寝台付夜行鈍行「からまつ」に乗ったのは何故だったか。
そう、一番思い出の深かった士幌線を訪ねてみたくなったのだ。

昨日アップできなかった「最期の日の写真」を数点アップします。

追分の夜2
1975.12.24 追分駅待合室2

追分の夜3
1975.12.24 追分駅待合室3

追分の夜4
1975.12.24 追分駅待合室4

追分構内
1975.12.24 追分駅構内
年末らしく、大掃除の掲示が・・・。
その他に時短の記事や正月用つぶ(つぶ貝)の販促などが記されていた。

キューロク入替
1975.12.24 追分駅構内
入れ替えのキューロク。門デフの79602が凍てつく夜、注目されることもなく・・・。
Nikomat FTn、50mm f1.4、TRI-X ASA1600、D-76(3回目) 21℃ 21分現像(共通)

士幌線乗り鉄  

皆さん、こんばんは。
今日は滅茶苦茶寒かったですね~。気温はそれなりだったのだろうけど、風がね。
木枯らしに吹かれると背筋が凍りついてしまいます。
今日で今年の業務終了、といいたいところですが、急に大量の仕事が・・・。
明日は外付のHDDを持って出社し、休み中は自宅で仕事になりそうです(泪)。

さてと、今日は最期の日のワンカットからのスタートです。
十三里遠景
1975.12.24 十三里―紅葉山 5792レ
Nikomat FTn、135mm f2.8、NEOPAN-F ASA32、MICRODOL-X(1:3) 20℃ 13.5分現像
左の隧道こそ、石勝線の新線区間。上りがこんなに煙を吐いてたなんて・・・。

12/26 士幌線行脚
―帯広―十勝三股9:20―帯広(ふじもり食堂 ハンバーグランチ¥370)―幸福―帯広

D51241の追分を体験して翌日は旭川&札幌で何やらしてましたが、その後「からまつ」で
帯広に向かったくろくま。士幌線の車内から懐かしい駅を撮影しました。
ただの駅写真ですけど、バス代行運輸の後、廃線になった士幌線のこと。
懐かしいと思って戴けるのではないでしょうか。
ふじもり食堂ってご存知ですか。水がわりにファンタアップルが出てきた店です。

33年前のモノクロシリーズ、たくさんの方に訪問いただき、恐縮です。
もっと時間をとってキズ&埃とりしなければいけませんなぁ。反省!!
清水谷
1975.12.26 清水谷
ここから始まる勾配&大景観。すばらしかったなぁ。
Nikomat FTn、28mm f2.8、TRI-X ASA1600、D-76(3回目) 21℃ 21分現像

黒石平
1975.12.26 黒石平 電力所前
電力所前 黒石平駅舎を撮り逃したのが残念です。
Nikomat FTn、28mm f2.8、TRI-X ASA1600、D-76(3回目) 21℃ 21分現像

幌加
1975.12.26 幌加
この駅のすぐそばに第五音更橋梁がありました。コンクリートアーチの素敵な橋です。

1975.12.26 糠平
士幌線の北の中心は糠平。温泉やスキー場があり、当時は賑わっていた。
人造湖、糠平湖の起点。ホテルやYHもあった。
Nikomat FTn、28mm f2.8、TRI-X ASA1600、D-76(3回目) 21℃ 21分現像

十勝三股
1975.12.26 十勝三股
8ミリカメラと三脚はわたしの所持品です。
Nikomat FTn、28mm f2.8、NEOPAN-F ASA32、D-76 20℃ 6分現像

道内彷徨  

皆さん、こんばんは。
今日で仕事は一応終了なのですが、何故かひとりだけ仕事だらけになってしまいました。
なもんですから、ひとりだけ大掃除もせず、仕事の大掃除・・・。昼飯を食べ損ねました。
明日は床屋へ行って、さっぱりして(しないか?)日中は仕事の続き。
夜は、たった今予定が入りました。高校の同窓生との呑み会です(お寿司屋さんだよ!!)。
ちなみに明後日も忘年会がありますので、家の大掃除もバックレになりそうです。

さてと、昨日は士幌線の幌加駅のつもりで、糠平駅をアップしてしまいました。
ひぐま3号さん(地元生まれ)のご指摘がありまして、汗です。
そんな訳で、今日は昭和50年12月26日の幌加、帯広と12月27日の追分をアップしましょう。
26日は士幌線を全線往復し、その後広尾線幸福駅に行って夜間は帯広でバルブ撮影。
翌27日には早くも追分に戻りスナップ撮影。追分ではNに会いました。
その後は28日に湧網線に乗っています。29日には襟裳岬に・・・。
30日には池北線を走破。大晦日は根室本線の浜中でYHに泊まっています。
霧多布を散策などして1月2日、「狩勝3号」で岩見沢へ。
車窓から追分機関区を見ながら帰京しています。
今回の「33年前シリーズ」は今日でおしまい。お楽しみいただけたでしょうか。
終着駅間近
1975.12.26 十勝三股
Nikomat FTn、35mm f2、ILFORD-FP4 ASA125、D-76 20℃ 6分現像
終着駅に佇むキハ。味がありますなぁ。

幌加近辺
1975.12.26 幌加駅界隈
Nikomat FTn、28mm f2.8、TRI-X ASA1600、D-76(3回目) 21℃ 21分現像
この駅のすぐそばに第五音更橋梁がありました。コンクリートアーチの素敵な橋です。

帯広の夜
1975.12.26 帯広運転区
2両の廃車キューロクが居たのですが、プレートがないとかなり寂しいですね。
Nikomat FTn、50mm 1.4、ILFORD-FP4 ASA125、MICRODOL-X(1:3) 20℃ 15分現像

DEの時代
1975.12.27 追分機関区
Nikomat FTn、35mm f2、NEOPAN-F ASA32、MICRODOL-X(1:3) 20℃ 13.5分現像
新たな主DE-10が我が物顔に疾駆していました。

凍土のキューロク  

皆さん、こんにちは。
夕刻から知人との呑み会ですので、早めのアップになりました。
やっぱり心置きなく呑むには、ブログアップを気にしながら、というのは厭なもので。

総集編と33年前シリーズを続けてきましたが、写真点数が複数になると、かなりキツイ。
デジタル画像ならまだマシですけど、スキャン画像だと苦行そのものです。
まぁ、それでも皆さんが喜んでくだされば、嬉しい訳でして、複雑なんですね~。

今日は、33年前シリーズを終えたものの、復活蒸機をアップする気分になれません。
往年のモノクロ画像を並べてみたら、その存在感が自らに語りかけてきたからです。

冬場のこの時期は、中・高校時代の冬休みと被っていましたから、
ン年前の今日という話題作りは、別に33年前とはかぎりません。
そんなわけで、その前年、昭和49年12月28日は何処にいたのかというと・・・。
偶然かもしれませんが、士幌線にいたのです。そんな中から。

凍土のキューロク
1974.12.28 北平和―上士幌 1791レ
Nikomat FTn、35mm f2.8、KODACROME-II ASA25、PLフィルター、東洋現像所

ふだんは逆向きのこのスジ、どういうわけか正向きでやってきました。
凍てつく原野での撮影、寒かったけれど青空が素敵で嬉しかったなぁ。

この後、清水谷で下車。黒石平を過ぎ、電力所前まで歩き、元小屋ダムから撮影
返しは糠平近くの不二川橋梁での撮影。蒸機撮影人生のなかでも最良といえる日でした。
また、撮影することができたらどんなに嬉しいことでしょう。

※この写真からバナーをつくりました。

文珠Sカーブ(歌志内線)  

皆さん、こんにちは。
昨日は友人と楽しく6時から11時過ぎまで呑んじゃいました。
その友人は今日、岳温泉に行くと言っていましたが、新幹線のトラブルでどうなったかな。
自宅近くにある「千成鮨」。昨夜もそこを利用したのですが、残念な話を聞いてしまった。
親父さんは以前、脳梗塞で倒れ、半年くらい休業したことがあるのですが、その後復活。
今回は廃業を決意されたとのこと。二十年以上お付き合いがあったお店が消えていきます。
本当に美味しいお鮨やつまみを安価に、楽しい会話とともに提供してくださいました。
不景気だし、ご高齢だから、とはいえ、寂しくなりますね。
さて、今日はここまで会社の宿題をしてました。今日も忘年会です。肝臓が!?

文珠Sカーブ(歌志内線)
34年前の今日、いつものように旭川から留萠本線に出向きましたが、降雪のため轟沈。
場所と気分を入れ替えて、歌志内線にやってくると天気も回復。
D51が優雅にSカーブを通過して行きました。

1974.12.29 歌志内線 焼山―文珠
Nikomat FTn、50mm f1.4、PANATOMIC-X ASA32、PRO-MICROL(2回目) 20℃ 6分現像

塩狩峠(宗谷本線)  

皆さん、こんばんは。
昨日の忘年会ではひとりが酔いつぶれてしまい、なんと、わがダウンに嘔吐。
無事に比企丘陵の自宅まで辿りつけたかなぁ。随分と酒に弱くなってしまった。

今日は、宿題仕事のデータに不備があったので、会社に出向いて入手してきました。
休みの日は昼からビールのくろくまも、二日続きの忘年会のあとでは流石に自粛。
不景気で、泊まる場所もない方々が大勢おられる折柄、
温かい部屋で酒を呑んでブログ三昧なんて、贅沢すぎるのかもしれませんね。

D51498の最近の情報では、「復活まで一年半」なんてのが出てますね。
来年は上越でのあの雄姿が見られないのかと思うと、残念でなりません。

昭和48年の今日、12月30日。いつものように旭川で駅寝して、早朝621Dで美瑛に。
光量が足りない早朝の貨物を撮影してから、623Dで富良野へ。626Dで旭川へ戻る。
ここからはバスに乗って塩狩へ。和寒まで撮影しながら歩き、再度旭川へと戻っています。

上下「大雪5号」、「利尻」で西でも北でも東でも出向くことができた旭川。
ここを起点にされていた方も多かったと思います。
旭川には実際に安価なステーションホテルがあったのですが、学生の分際では高嶺の花。
駅前で自炊していたあの頃(今やったら捕まるだろうな)が懐かしいです。

塩狩峠(宗谷本線)
1973.12.30 宗谷本線 塩狩―蘭留 
Nikomat FTn、135mm f2.8、FUJICROME ASA100 COOLSCAN5000EDでスキャン
画像処理 Photoshop CS2

今日はお蔵入りだった画像です。申し訳ない。これ、カラーなんですよ。
リバーサルでは富士フィルムのものも使っていたのですが、退色・変色が激しくて。

塩狩峠というと、三浦綾子さんの小説(これって泣きますよね)で有名ですが、
高みを狙って出向いたものの、降雪で断念。321レは昼過ぎに通過。324レは二時過ぎ。
この日の321レは、残念ながらC5787の引率。ディーゼルの補機が付いていたような気が。
今、つくづく思い返せば、稚拙な作画ですよねぇ。まあ、塩狩峠鉄風ということで勘弁。
でもね、このときは氷点下20℃くらいだったんですよ。
フィルムが切れないか心配しました。ちなみに324レは、C5550牽引でした。

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