FC2ブログ

有名な信号場から(石北本線)

皆さんこんばんは。
今日も暖かかったですねぇ。風が吹くと少し寒いけれど。
青空がきれい。冬晴れの空って、ずう~っと見ていたいものです。

有名な信号場から(石北本線)
現役蒸機時代、屈指の撮影地だった常紋信号場。
皆、あの隧道をくぐり、三角山に陣取ったことでしょう。

残念ながらくろくま、悪天候や時間的な問題で信号場内からしか写しておりません。
乏しい写真のなかから見つけ出した写真ですが、何も面白くないですよね。すみません。
右端にキロポストが写っているのがスイッチバックの証でしょうか。
3回しか行かなかった常紋信号場、とにかく寒かったことを覚えております。

1974年12月24日 石北本線 生田原―常紋 D51牽引
Nikomat-FT2 35mm f2.8 Kodachrome-II ASA25 東洋現像所
Cool Scan 5000EDにてスキャン 画像処理 Photoshop CS4EX

にほんブログ村 鉄道ブログ SL・蒸気機関車へ
↑ご来訪のついでにバナーをポチッと。

プロ野球、楽天山崎が中日に戻るという。
横浜の監督、工藤公康との交渉決裂。さて誰が受けるのか?
関連記事

コメント

コメント(8)
くろくま様 Xday1年前の常紋(信)ですね。 自分はこの日1Mで出発していますので、撮影時間がAMであれば終業式か下校途中かなぁ
母に北海道の何処に行くの尋ねられ、知るはずの無い無人駅の名前を告げたのですが、辛い想い出ですよ。 
 しかしKⅡなんですか、空の一部しか着色してない様な天候不順な世界でしたね。 自分も3回しか訪れませんでしたが、S50/3は首の無くなった熊と記念撮影してますよ。 冬季に信号所付近で夜間録音したと言う猛者にお逢いしましたが、それこそ凍れたでしょうね。

koppel-2

2011/12/05 URL 編集返信

望遠迫力画で見慣れた場所ですが、35ミリで豆粒にされたところはくろくま流ですね。
雲の雰囲気、木々の姿、芯まで凍れる感覚が伝わってきます。
寂しげな風景ですが冬休み頃、もしかして多くの人の中で撮られたのでしょうか。

ねこ

2011/12/05 URL 編集返信

何気ない峠の風景にカマがやって来る・・・
他の人は皆、望遠で切り取る眺めをワイドに捉えると後年その違いが活きて来ると言う証ですね。
ひぐま的には行きかけて結局パスしてしまった常紋、今にして思えば行っておけば良かったと後悔の念が一番強い場所です。

ひぐま3号

2011/12/06 URL 編集返信

こういう撮り方があったんですね
空気感たっぷり、何ともあの頃の情緒溢れる作品ですこと!
引上線の残距離200mの警標が泣かせてくれますです。
この立ち位置の空気はまさにこれそのものでありました。

常紋はサブであるはずの9600が、実は主役でした。
長大編成の先頭でドッドッドッドッと思いっきりゆっくりとブラストを轟かせて登ってくるD51に対して、編成の最後部からはドコドコドコドコとややハイピッチなブラストで彼はやってきました。
でも、遠軽機関区の常紋補機仕業は早くも1972年3月改正でDL化され、私はここの9600補機はたったの一日しか撮影しておりません。
あの時の印象が強かったため、その後数回訪れたここは、どこか気の抜けたものでした。
この作品の3日後、同じ午後の貨物列車を同じ立ち位置から撮影しておりますが、同じ位置にD51を置き(望遠ですが!)、DE10を隠すことに苦労しておりました。
いろんな山からも見下ろして撮りましたが、DE10付きでは価値がありません。
それにしても常紋信号場、朝も夕方も思いっきり寒かったですね。

都立高校の終業式は25日でしたので、この翌日私は上野から1Mに乗りました。
東北地方や道南からカマが消えてからは、1Mはつかり5号~青函1便~1Dおおぞら1号の最速達乗継で翌朝には室蘭本線に立っていました。

とおりすがりです

2011/12/07 URL 編集返信

koppel-2さん
はい、夕張ラストのちょうど一年前でした。
クリスマス・イヴとお正月は毎年、北海道にいたような気がします。

>空の一部しか着色してない様な天候不順な世界でしたね・・・
朝まだき、ってヤツでねっ。でもこんな色彩が大好きなんです。

貴殿はしっかりと隧道を越えて高みに行けたのだから羨ましいなぁ。

>S50/3は首の無くなった熊と記念撮影・・・
その話はむかし伺いました。首のあるやつに出会わないでよかったですね。

大雪に乗っていくと白滝辺りからいつも冷え込んできたものです。
夜間に常紋なんてたまったもんじゃないでしょうね。

くろくま

2011/12/07 URL 編集返信

ねこさん
ありがとうございます。
そうですね、ここからだと300ミリくらいが欲しかったかな。
カマの左手に見えるカーブのところも人気があったようです。
くろくまの行ったころは、蒸機同士のPPはなくなってました。
それでもキューロクを見かけていますから、DDの補機だったのでしょうね。

この日、信号場内には30人くらいいらっしゃったのではないでしょうか。
その様子も以前、アップしたことがあったと思います。

くろくま

2011/12/07 URL 編集返信

ひぐま3号さん
いやいや、135ミリでは迫力あるアップは無理だったんです。
テレプラスって手もありますが、この明るさとKIIでは無理に決まってます。
確実に重連の走った日はあいにくの降雪。生田原の線路端でがまんでした。
せっかくの前補機だったので悔やんでも悔やみ切れません。

末期になると、補機はDE10でしたし編成も短かった・・・
往時のハイライトは、しっかり撮り逃したまぬけなくろくまでしたぁ。

くろくま

2011/12/07 URL 編集返信

とおりすがりです さん
サブカメラをお持ちの方なら、こういうのを撮っておられると思います。
それにしてもキャパの大きな撮影場所でした。

>引上線の残距離200mの警標が泣かせてくれます・・・
はいっ。なにやら妙に懐しさがリアルです。
キューロクのドコドコドコって表現もいいですね!

>遠軽機関区の常紋補機仕業は早くも1972年3月改正でDL化され・・・
そうだったんですか? 一度だけキューロクの補機および単機回送を見ましたよ。
あれは何だったんだろう。

>都立高校の終業式は25日でしたので、この翌日私は上野から1Mに・・・
こちらは21日の「はつかり3号」と函館からは「すずらん4号」で道内入り。
最初に向かったのは鹿ノ谷。夕鉄の可愛いキューロクからスタートでした。
とおりすがりです さんが室蘭本線に降り立ったころは歌志内線にいたはずです。

くろくま

2011/12/07 URL 編集返信

コメント投稿
非公開コメント

ご訪問に感謝します!

拙ブログに掲載されている写真は  くろくまのオリジナル作品です。  無断掲載、加工等お控えください。 尚、拙ブログはリンクフリーです。

どんだけ〜?

プロフィール

くろくま

Author:くろくま
メタボに悩むくろくまです。
蒸機終焉までの五年間、
期末試験も受験勉強も
ほったらかしで、各地を
駆け巡りました。
このブログが回顧録になるのか、
それとも新展開が生まれるか、
わたしにとってもお楽しみ!!

秩父と沼田の天気

ブログ内検索

コメント一覧

ブログ階層

QRコード

QR

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2ブログランキング

最近の記事ランキング

ブログ村PV