くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

昭和50年12月24日十三里(夕張線)  

クリスマス三連休も終わりました。皆さんは楽しく過ごせましたか?
出ずっぱりのくろくま、ブログ更新さえもさぼって呑み続けておりました。
昨日は36年ぶりに「現役蒸機最期の日」をアップしようと思っていました。
遅ればせながら本日、当日の画をアップさせていただきます。

昭和50年12月24日十三里(夕張線)
現役蒸機最期の定期運用は夕張線の貨物列車でした。
去る12月14日、室蘭本線は例のC57135が牽く旅客列車で幕を閉じました。
残る蒸機は夕張線の貨物と追分の入替だけになってしまったのです。
現国の試験をボイコットして12月21日に夕張入りしたくろくま、
最期の日は十三里と決めていたんです。
珍しく8ミリと掛け持ちだったので、リバーサルは写しておりません。
通常と変わらぬ長いセキの9799レをD51241が牽いていきました。
この返しこそが、最期の定期運用6788レとなったのです。

1975年12月24日 夕張線 十三里―紅葉山(滝ノ上かも?)
Nikomat-FTn 135mm f2.8 Tri-X ASA400 Microfine 2回目 20℃ 10min
Cool Scan 5000EDにてスキャン 画像処理 Photoshop CS4EX

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コメント

最後の下り列車ですよね・・・
それを噛み締めるかの如く、長い時間見渡すことがこの立ち位置だと出来たのではないのでしょうか。
あの頃、いつか来るXディと最後のカマは何かとか話題となえいましたよね、でもストの影響でこの日まで存続したSL列車
旅客はC57が牽いたものの、あのスジは(225レ)D51のスジ。現に前日まではD51が牽き、C57は一足先に墜ちたのにさよならとしての牽引
こっちは、普段のままの、本当のSL列車。そう言う意味からも静かに幕を引いたこの走りを見られたくろくまさんが羨ましい限りです。
36年の歳月が過ぎ、こうしてそのシーンを拝見することが出来る幸せを今感じています。
あの日、行けなかった無念さを抱くひぐまにはクリスマスプレゼントのようです!ありがとうございます。

ひぐま3号 #SUrRdnzA | URL
2011/12/26 00:13 | edit

毎年想い出しますねぇ

自分も十三里で最期と決めていましたよ!
そして、同じ写真があります。
最期を見届ける勇気がなく、この列車が自分の最終列車となりました。
一人静かに見送ろうと、絶対に誰もいないはずのこの場所に、くろくまさん貴方がいました。
フィルムには3コマしか写っていませんでしたので、後方の貴方のことはしっかり無視して、お別れに浸っていたのでしょう。
二十歳の誕生日を24日後に控えた青春の一コマです。
あれから36年間ずっとこの話題で生きてます(爆)

あらさん #- | URL
2011/12/26 00:19 | edit

嗚呼、241号機

臨専貨9799列車、最後の昼間の走りでした。
昼間といっても、冬至をすぎたばかりの頃、山に囲まれたこの辺りは、14時台ではあってもASA400のTXをもってしても、わずかにf4の1/125でした。
そんな中をD51 241号機は炭鉱への道を、ギースル独特のギュンギュンギュンギュンというブラスト音を伴って登ってきました。
ペイントなどという安っぽいものでなく、検修陣の手で油の付いたボロ布で念入りに、念入りに磨き込まれた彼は、自分こそが最後の形式D51であるとの自覚十分、誇りある表情に溢れていました。
10日前の室蘭本線のC57 135号機に最終旅客列車に比べればほんのわずか、沿線のわずかなファンは、誰もがおし黙り、黙々とシャッターを切りました。
誰もが知っていたのです。
キミが夕張から戻ってきた時、自分たちが愛して止まなかった時間が永遠に止まってしまうことを。

私が撮った川端-滝ノ上間もそうでした。
同じように無風でいい煙でした。
でも実に、実に悲しい煙でした。

数少ない国鉄苗穂工場製造。
新製配置追分機関区、最終配置追分機関区。
配置替履歴、皆無。
D51 241号機は、この後当然のように国鉄最後の蒸機牽引列車の先頭に立ち、寂しい瞬間が訪れてしまいましたね。

とおりすがりです #As1Z2MT6 | URL
2011/12/26 01:20 | edit

9799レと6788レ。私はその場にはいなかった口ですが、その後
仲間たちの作品で印象を分けてもらってます。
この日が来ることは蒸気撮影を始めたときから判っていましたが、
実際に来ると逃げ出したかった。だから75/3に「逃げた」。(笑)

マイオ #pcU4xDNY | URL
2011/12/26 08:14 | edit

 くろくま様 自分も現地に駆けつけられなかったから、未だに引きずっていますよ。 
ひとつの句読点としては、あまりにも大きかったです。
それこそ いつかは、来ると感じていたXday 体験したかったなぁ。

 再度 貴殿の撮影した8mmが見たいものです。 

 翌年3月も行けませんでした。 しかし なんとも悲しい幕切れには驚きました。

koppel-2 #darb9Gq6 | URL
2011/12/26 11:15 | edit

ひぐま3号さん

当時、最期のカマはキューロクだと信じて疑いませんでした。
(結果的にはその通りになったのですが、この年一気に淘汰されてしまいました)

誰もいないところで、しっかり長~く蒸機を見ようと選んだこの場所。
本数が減っていたけれど、いつものようにD51たちは走っていました。
派手な演出もなく、普通に消えていくってとっても素敵でしたね。
その分、しみじみと泣くことができたと思っています。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2011/12/29 11:06 | edit

あらさん

まさに運命的に出会いましたよね!
上から眺めていたら人が登ってくるので、てっきり住民だと思って見てました。
三脚を構え始めたので、驚いて「どけ~っ」を発してしまいましたよ。
しばらくこちらを見ていたあらさんは、建物(だっけ?)の影に隠れましたね。

>一人静かに見送ろうと、絶対に誰もいないはずのこの場所に・・・
まったく同じ発想でした。

あれから36年、すっかり爺ィになっちまいました。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2011/12/29 11:12 | edit

とおりすがりです さん

貴殿も同じ刻、同じ沿線にいたのですよね。
まさか、酒を酌み交わすことになるなんて思いも寄らなかったです。

>沿線のわずかなファンは、誰もがおし黙り、黙々とシャッターを切りました・・・
そうでしたね。皆とても閑かだったし淋しげでした。

>配置替履歴、皆無。D51 241号機は・・・
このカマを皆がどんな思いで見つめていたことか。
日常的すぎるだけに心には劇的に響きました。

くろくまは友人Fくんと一緒でしたし、Nくんも沿線にいました。
あらさんを含めて5人も知人だなんて凄いことです!
機会があったら、この5人で呑みたいものです。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2011/12/29 11:52 | edit

マイオさん

75/3にはあれだけいたキューロクたち・・・
ものすごい勢いで淘汰されて行きました。
夕張線がラストなんて炭鉱と蒸機の縁だったのでしょうか?

6788会は楽しそうですね。
いずれの日にかお邪魔しようかな?

くろくま #uRLT.2RM | URL
2011/12/29 11:55 | edit

koppel-2さん

仕方ないですよ、時期が時期でしたから。
同行したFくんもとんぼ返りで帰京しましたっけ。
XディがX'masイヴだなんてのも偶然だったのかな。

あの8ミリ、早く出て来ないかな?
このスジもしっかり写しておりましたものね。

翌年3月にも渡道しましたが、追分は駅から写しただけ。
まさか4/1に惨事を迎えることになるとは!?

くろくま #uRLT.2RM | URL
2011/12/29 11:59 | edit

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