くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

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今日はやっぱり戦時形(函館本線上砂川支線)  

「国民の生活が第一」だとか「減税日本・反TPP・脱原発を実現する党」
なんてのは元より、仮の名にすぎなかったってこと。つまりは戦時形……
嘉田知事はどう考えているか知らないが、「未来の党」も戦時形なんだろうね。

在日米軍、今度は夜間飲酒制限令だってさ。朝っぱらから呑むつもりなんだろうね。
違反したら「国防軍」がオスプレイで迎撃してくれるよねっ、安倍さん(笑)

ところで、11月27日といえば、このカマしかありませんね。
1944年、日本車輌名古屋工場から多治見、中津川、多治見、福井、多治見、中津川、
上諏訪、中津川、高知、米子、松本、長野、稲沢一、滝川、追分、1976廃車とのこと。
いやぁ、すごい車歴ですねぇ。
戦時形の改装、炭水車をD511079のものに交換、集煙装置改造など改装が相次いだようです。

前日は枝幸線で、アンギュロンさんとニアミスしたくろくま、利尻で旭川入り。
たぶん砂川から923Dで上砂川に入ったと思います。

もうすぐ悲別
既出画が2回ありました(大好評!?)が、その後カットから上梓しますね。
スジはたぶん5981レだと思います。引率機は勿論D511127、今日の日付の語呂合わせです。
この後、同位置から歌志内線の5681レを撮影して上砂川駅に向かいました。
ちなみにこの頃は無煙の上りスジなど1カットも写してませんでしたっけ。

炭砿の街の転車台
こちらはたぶん5985レを牽いてきたD511127。転車台に乗っています。
この後、鶉で撮影してから砂川、小樽へと赴き、懐かしの「からまつ」で道東へ。
翌26日には標津線の根室標津、上武佐で撮影しておりました。

1975年3月25日 上砂川支線 東鶉―上砂川 D511027牽引貨物
1975年3月25日 上砂川支線 上砂川転車台 D511027
Nikomat-FTn 135mm f2.8 Panatomic-X ASA32 Microdol-X(1:3)24℃ 11min.
Cool Scan 5000EDにてスキャン 画像処理 Photoshop CS4EX

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動物関係同志へ【業連】
NF、Mはこちらも考えていたところですが、結構厳しいです。
MF、Kは論外……。困った困ったぁ(謎)。条件悪すぎでねっ!
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コメント

 くろくま様 自分は翌日3/26が上砂川線と歌志内線(文珠)でした。
1月に登った時は道路も圧雪状態でしたが、流石にアスファルトが露出していましたねぇ 上砂川の転車台覚えていないなぁ こちらの方が本数は多かったけど、歌志内線の方が好きだったかな。 

 樽美酒 紅白出場決定には驚きました。

koppel-2 #darb9Gq6 | URL
2012/11/27 23:24 | edit

予想通りに1127の登場でしたね。
便乗しようかとファイルをみたら、既にアップしていたんで・・・
違うコマ探すも、DDしておらず諦めました。

ターンテーブルの上に乗る、D51の正面顔、なんだか可愛らしい表情に見えるのはひぐまだけかなぁ~
きっと、雪景色と回りの人の存在や引き加減がそうさせているのかも。
あっ、判った!架線注意が低い位置にあるからなんじゃないかな?

ひぐま3号 #SUrRdnzA | URL
2012/11/28 23:54 | edit

きましたね、1127号機の傑作

炭鉱住宅をゆっくりと上ってくるこの構図、私にはここで上から撮るという才覚がなかったですから、何度拝見しても実にすばらしいです。
上砂川も歌志内も、盲腸線なのに立派な電動式転車台だったですね。
北海道では9600だけが乗るテーブルは手動式や空気式も多くありましたが、重いD51が入線する線区のテーブルはさすがにすべて電化されていました。
それにしましても、よくぞお撮りでいらっしゃいました。

1127号機はな高地機関区転配組でしたね。
多度津工場が木製デフ時代の鋼枠をそのまま使ったっぽい装備改造デフが、四国に渡った戦時形D51の証しでありますね。
多度津集煙と重油タンクを載せた1127号機が後補機となって、土讃本線猪鼻峠を越える姿を見たかったです(列車の規模からして後補機仕業があったかは不明ですが...)。
矢立峠、加太越え、矢岳越えなど、船底テンダのケツ丸出しで猛然と重量列車を押し上げる戦時形の姿は堪えられませんでした。

私が勝手にコメントしているだけですので、レスなど一切ご無用であります。
くれぐれもお気になさらぬよう、放置方よろしくお願いいたします。

とおりすがりです #As1Z2MT6 | URL
2012/11/29 18:45 | edit

koppel-2さん

へぇ〜っ、一日ちがいでしたか。
当時の冬・春の北海道ではそういったニアミスが結構ありましたよね。
歌志内線と上砂川支線、もっといい場所があったのでは、と考えてます。
文珠、西歌、鶉、上砂川……
もっと滝川近辺にイイ場所があったかもしれませんね。

歌を歌わない歌手? の紅白出場はワケわかんないっすv-16

くろくま #uRLT.2RM | URL
2012/11/29 21:51 | edit

ひぐま3号さん

あっ、これは「お約束」ですからね、あははっ。

架線注意の位置が低いのとプレートが長くて高い位置にあるのと……
なんとも可愛い1127号機だったような気がします。

ところで、語呂合わせってプレートが分かる画像が必須でしょ。
どうにも厳しい展開を強いられております次第、笑ってやってね。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2012/11/29 21:56 | edit

とおりすがりです さん

たまたま登ったら見えちゃったって感じですが
炭住に囲まれたこの雰囲気は大好きです。
蒸機、石炭、人々の生活が合致していたあの頃ですからなおさら。
道内の盲腸線はキューロクの手押し転車台が多かったですね。
逆行では脱線しやすいといわれたD51は、こんな短絡線でも方転でした。

ちなみに炭水車を失敬した1079号機は奥羽本線で撮影しています。
現役モノ、すでに枯渇状態ではありますが、とおりすがりですさんの
思い出に一躍を担うことができるのであれば幸甚です。
いつもありがとうございます。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2012/11/29 22:04 | edit

炭住街を行く貨物列車ですね。
なかなか良い雰囲気で、こんなのは好きです。
上砂川線は行ったことが有りませんが、今の私だったら撮りに行くかも知れませんね(笑)
1127号機は何処かで撮っているはずですが、ネガが見つかりません(汗)
戦時型D51は大好きです。カマボコドームに船底テンダーは堪えられません。それに大型重油タンクが載っていれば尚更ですが・・・。
済みません、ちょっと趣味に走りすぎました(^^ゞ

昭和50年の春休みは、ほぼ毎日自動車学校に通っていて、渡道は出来ませんでした。
ちなみに、3月25日は急行「津軽」に乗って山形で乗り換え、鶴岡に行って庄内交通を撮影していました。
(山形駅では、「あけぼの」など優等列車の編成調べ等で、朝一のローカルDCまで待ち時間をつぶしていました。やっぱり変人ですかねぇ?)

あべくま #.XQnUga2 | URL
2012/12/02 11:51 | edit

あべくまさん

この辺り、沢に沿って鉄道が敷かれていたようです。
本来ならば耕地に確保するような場所でも規則正しく炭住が並んでました。
根室本線から夕張線に至るまでの支線はすべからくそんな感じ。
万字線や三美に赴くことはできませんでしたけれども。

戦時形、船底テンダ、カマボコドーム、、、
あははっ、フェチですねぇ(笑)
ちなみに道内の切詰めデフはOKなんですか?

50年の春はいちばん長い撮影行でした。
何せ、周遊券の期間よりも長旅になってしまってまして。
そういえば、「あけぼの」ってずうっとEF65の1000番台ですよね。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2012/12/02 17:27 | edit

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