くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

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十三里の朝(夕張線)  

皆さん、こんばんは。
どうにもこの時節は、昭和50年の冬を思い起こしてしまいます。
と言うワケで今日のアップもその道中から……
高校3年生であったくろくま、旅館に泊まれるわけもなく、
毎晩、主日営業の東室蘭に駅寝しておりました。
樹脂製の平板ではない椅子は座り(寝)づらかったけど仕方ない。
朝一で、夕張線直通のキハのスジがあり、重宝したものでした。

十三里の朝(夕張線)
この日も十三里にて下車。1791レはD51465が牽いてやってきた。

1975.12/22 夕張線 滝ノ上—十三里
Nikomat FTn 135mm f2.8 Tri-X ASA400 D76 20℃ 6.5min
Cool Scan 5000EDにてスキャン 画像処理 Photoshop CS4EX

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上り勾配の手前で蒸機が隠れる構図、当時の望遠では強調できなかったけれど
朝陽のように姿を現してくるカマの姿が好きだった。
フィルムスキャナーもトライXの粒状性を再現しているようだ。
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コメント

 くろくま様 夕張線の記録続きますね。 当時は自分も情けない位 北海道では一泊も旅館には泊まれなかったなぁ YHすらないですよ。
 夜行・駅寝・夜行折り返しが常でした。 若さというか生命力というかノロウィルスなど寄せ付けませんでしたが、お姉ちゃんも寄り付かなかったですよ。 周りにも長期の休みを利用して始終旅行しているのは同好の輩しかいなかったなぁ S50冬休みはネガを検索してみると、初詣と都電 位で受験勉強も左程した覚えがないですよ。

koppel-2 #darb9Gq6 | URL
2012/12/18 23:20 | edit

これぞ、郷愁の世界って感じの切り取りですね。
今でこそ、300mmやら、500mmって超望遠、しかもAPSCのイメージサークルで実質その1.5〜1.6倍の長玉撮りが可能でしたが
あの当時は135mmが主で200mmなんか持っていると自慢気にもなれたものでしたね。
ひぐまも200mmのf3.5なんて玉を持っていて自慢気でした。
レールの隆起の向こうに顔半分の罐を撮るって当時は叶わぬものの、こうしてサンライズして来る姿をしっかり収められ、いい財産があること羨ましいですよっ!

ひぐま3号 #SUrRdnzA | URL
2012/12/20 22:06 | edit

見たことない場所が続々ですね

滝ノ上まで勾配を上った下り列車は、滝ノ上をすぎて緩勾配に移った後もずっとこれくらい煙が出てたんですね。
空セキ編成の専貨でも400トン近く、この解結貨はそれ以上ですから、それは緩勾配でも上っていれば吐くはずですよね。
遠くまで見通せる線路の向こうから、カマはこうしてやってきました。
愚かな私はこの瞬間にはほとんどシャッターを切ることはありませんでしたが、この光景は毎回毎回見ていたもので、音も空気感も、匂いさえも蘇ります。
遠景であしらったカマや煙の感じを出すため、D-76原液現像ならではの硬調表現をお使いになられたことでしょう。

室蘭本線の貴重な待合室が閉まらない東室蘭は、私は1泊だけしたことがあります。
ここは段ボールがなく、床に寝袋を直接敷いて寝たと思います。
カマが道央にしかなくなった蒸機最末期、私は毎日夕方の下り急行狩勝~上りからまつで帯広返りをしていました。
暗くなってから岩見沢を出た狩勝は帯広行きで寝過ごしの心配がなく、確実に上りからまつで早朝の岩見沢に到着できました。

とおりすがりです #As1Z2MT6 | URL
2012/12/23 17:51 | edit

くろくま 様

 お久しぶりです、一月半振りですかね?
 そうですか、くろくまさんは高3でしたか。
 麻呂号は高1でした(意外と年齢近いぞ!)。
 麻呂号は補習に出ないと単位あげないと脅されて、23日の夜に函館に向かって離れ、「きたぐに」で、帰阪したっけ…24日いなかったな~苫小牧のプラバケットベンチは痛かったな~
 もうそんなに月日がたっちゃったんですね…トホホ
 今でも蒸気撮れることがこの世の幸せだったりして
 駄文ですいません。
 というのも、私は去年、送りがあったりして色々当時を思い出してしまいました、。
 次は年明けにでも雪の水上で会えますかね~良いお年を。ペコ。
  

千葉の麻呂号 #- | URL
2012/12/23 18:40 | edit

koppel-2さん

道内でYHを利用したのは厨房の46年夏と48年の春だけでしたよ。
その後、蒸機終焉までは駅と夜行列車泊でした。
旅館に泊まったのは社会人になってから。
名寄の旅館と根室標津の民宿、釧路のビジネスホテルなどでしょうか。
気力・体力のあったあの時代が懐かしいですね。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2012/12/23 19:26 | edit

ひぐま3号さん

そうですね、長タマって使い始めると癖になっちゃう。
現役蒸機時代は135ミリが唯一の望遠レンズでした。
でも、テレプラスを付けると開放絞りが5.6となるし、
周辺光量の低下など、弊害が多くってね……
おまけに低感度フィルムでは使えないし。。。

今、復活機を400ミリ(×1.5)で写してますけど、
本来は広角系で俯瞰したいところなんですよね。
まあ、そんな場所がないのだけれど……

くろくま #uRLT.2RM | URL
2012/12/24 07:37 | edit

とおりすがりです さん

つまらない写真でもカマ位置で誤魔化そうという……(笑)
もちろん、手前に来るまで撮っているのですが出せません。

夕張線でよく通ったのが、夕鉄と絡められる鹿ノ谷、
そして誰も来ない十三里、東追分でした。

当時、夕張から効率良く写すために函館からは「すずらん4号」
苫小牧で夕張・登川直接乗り入れの4721Dに乗ったものです。
東室蘭はいちばん近い不眠駅、深夜も照明を落としませんでしたね。
44レで長万部乗換という選択肢もありましたが、スリルあり過ぎ。
狩勝→からまつというのは初めて知った手法です。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2012/12/24 07:57 | edit

あらま、麻呂号ちゃん!

先日はどうも〜っ。
高みのアニマル系とMMコンビの遭遇、楽しませてもらってます。
えっ? 麻呂ちゃんはひぐちゃんたちと同期でしたか(驚)
童顔なものだから、も少しお若いのかと思っておりました。

で、この冬おられたんですか、夕張に。。。
それも最終日を写すことなく帰阪とはお気の毒。

>去年、送りがあったりして……
わたしも昨年、母を亡くしました。
そういう時って、思い出してしまいますよね。
出発直前に折り畳んだ一万円札を手渡してくれた母。

親もそうですが、自らも身体には気配りしないといけません。
来年も無理せず登ってくださいませ。
何処かでお会いできる日を楽しみにしております。
酔い落としを! (爆)

くろくま #uRLT.2RM | URL
2012/12/24 08:10 | edit

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