この週末は常紋信号場でC11の復活運転がありましたね。
ものものしい警備だったようです。
ここは現役当時、人柱や亡霊がでるといった、いわくつきのスポットでした。
くろくまは現役時代に常紋信号場を訪れたのは二回。隧道を抜けたことも
金華へ降りていったこともありません。じつは吹雪に阻まれたのです。
いまでもガスくまなのですが、当時から相性の悪い所があったのです。
昭和50年12月以降も、冬と春には渡道したくろくま。渡道総数30回とか・・・。
昭和53年の春には常紋を訪れました。まあ「怖いもの見たさ」でしょうね。
凍てついた常紋隧道には氷柱が・・・。

そして、金華よりにある地蔵尊。

碑文には、こう記してありました。
歓和地蔵尊建立の由来

湧別線工事中最大の難工事とされていた常紋ずい道
(五〇七米)は大正元年にはじまり三年の年月をかけて大
正三年十月に完成しました 工事は本州方面から募集し
てきた労務者を飯場に収容し通称タコと呼ばれた者によ
って行なわれた
労務者は人権を無視された苛酷な取扱いをうけ粗食と
重労働で病気にかゝる者も多く医薬も与えられず体罰
を加える、そして使役不能とみたものは一定の箇所に監禁
し死者はそのまゝ次々と大きな穴の中へ投入してしまう
という残虐非道なことが公然と行なわれたといわれ
ている、このずい道工事中百数十人の若者が犠牲となり
ずい道附近に埋められております
常紋信号場が開驛してから誰れ云うとなく「火の玉が出
る」「信号が消える」などの噂もでたり常紋に居住している歴
代の職員家族に病人が多く出るのも怨霊のためでは
ないかといわれていた
そこでこれら痛恨で眠れぬ迷える魂の供養を営む
べく留辺蕊町長を初め町議会議員各業者等個人の援助
と中湧別保線区の協力により昭和三十四年に歓和地蔵
尊を建立し同年六月二十四日に入魂報祭が執行されそ
れ以来毎年六月二十四日には地蔵祭を行ない霊を慰め
ている 地蔵尊はこゝで鉄道建設に捧げられた尊い犠
牲者の御霊を永久に祭り今日石北本線の一環である常
紋信号場の安全と職員並びに家族の精神の安定に
寄与されているものである
今年の6月24日にも地蔵祭は行なわれたのでしょうか。

「おおとり」がスイッチバックに入ってきました。
昭和53年3月21日の常紋信号場でした。
常紋は二度ほど行きましたが、トンネルは怖くて通れませんでした。
初めて行ったときは、まだキューロクの補機が健在でしたが、追い風で煙に巻かれてしまいました。
2度目に行った時は、補機はDE10になっていました。
どちらもあまり良い写真は撮れませんでした。
しかも、怪しげなものが写っているコマもあったりして・・・。
我々が秩父の山でクマサミットを参会中に常紋では
信号所で小熊が、そして150キロポスト付近で親熊が同時多発テロを敢行したとか。
これも怨念だったりして〜(←行けないクマの!)
このトンネルの画は「ドカ〜ン」と目とハートに来る画ですね〜
のけぞっちゃいました〜
で、怖いもの見たさで・・・よくよく拝見すると・・・
トンネルの暗闇に無数の目が・・・
地蔵尊を囲う小屋の節目にも顔のようなものが・・・
更に、由来板の庇の隙間からもいくもの目のようなものが・・・
そう見えて来ちゃうから困ったものです(冷汗)
因みに、そっちの「出る」は経験無いひぐまですが〜(笑)
53年に渡道しての撮影・・・こよなく北海道の鉄路を愛された証の画ですね。
「おおとり」のタブレットと進入を待ち受ける信号所職員さんの雰囲気がいいですね〜
いわくつきのトンネル、通りましたよ。
しかも一人で。
幽霊よりも、蒸気だ! そんな気合いをこめて歩きました。
さいわい、幽霊にも、クマにも会わずにすみましたが、ふだんより早歩きで通過しました。
まこべえは、いつも撮影は一人旅でしたが、駅を降りても、同業者が数人、時にはゼロといったときももあり、いま考えると、よくまあ無事で家に帰ってきたなあと思います。
くろくま様 いい記録ですね。 常紋は吹雪でしたか、自分は撮影地に急ぐ゙ばかりに、信号所での作業を撮影していなかったのが悔やまれます。『北辺の機関車たち』を観て行っているのですが、罐の走行ばかりに眼を奪われていて周りの景色がおろそかでしたよ。 ここでは自分達も線路で撥ねられたと思われる頭部のない熊さんの屍と記念写真してますよ。 上目名・常紋・狩勝 間に合ったのはここだけですが、既に9600の補機はありませんでした。
あべくまさん、
わたしも二度行きました。あと生田原に一度。
隧道内を歩く際に信号所の方にお願いすると電気を点けてくれましたよ。
ここは歩かなくても、場内から結構いい画が撮れるものだから、
歩かない人も多かったようですね。
それより
>怪しげなものが写っているコマもあったりして・・・
の方が気になりますね〜(恐)。まさか女子高生では?(こっちの方が超恐!!)
ひぐま3号さん、
隧道の画はミニコピー(ASA6)ですよ。
地蔵と由緒書はトライX1600増感で素粒子仕上。
おおとりはイルフォードFP4(ASA125)だったかな。
それぞれに特徴のあるバケモノが写ってるでしょ(嘘)
じつは、このとき、隧道内を歩き壁面や天井の写真を撮っていたのです。
そうでなければ、1600増感なんて使ってないはずですよね。
でね。それに写っていたのは・・・(恐)
↑・・・(嘘)
まこべえさん、
やはり通過されてましたか。
出口の明かりが見えると早足になっちゃうんですよね。
そんなとき、同行者がいた方がむしろ恐怖で、競走のようになっちゃうんですよね。
くろくまの撮影も基本的にひとり(一匹?)です。
駅からかなり離れた場所で夕暮れが迫ってくると・・・。怖かったですね、やっぱり。
もっとも、一番心配していたのは母親かもしれませんけど。
>よくまあ無事で家に帰って・・・
仰る通りです。
koppel-2さん、
頭部のない熊さんと記念撮影ですか。
今度見せてくださいね(同類のクマとしてはまずいか?)。
わたしの行ったころも補機はDLだったと思いますが、
生田原で写したのは前補機付きの重連でした。これは蒸機でしたよ。
ただし、前述のように吹雪のため、カマがよく分からず
重連ってことが判別できるくらいでしたけど(笑)。
上目名は間に合ったけど写していないし、狩勝は夢のまた夢。
撮っておけばよかった!! って惜しまれるのが、羽幌線ってところでしょうか。
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常紋は二度ほど行きましたが、トンネルは怖くて通れませんでした。
初めて行ったときは、まだキューロクの補機が健在でしたが、追い風で煙に巻かれてしまいました。
2度目に行った時は、補機はDE10になっていました。
どちらもあまり良い写真は撮れませんでした。
しかも、怪しげなものが写っているコマもあったりして・・・。
我々が秩父の山でクマサミットを参会中に常紋では
信号所で小熊が、そして150キロポスト付近で親熊が同時多発テロを敢行したとか。
これも怨念だったりして〜(←行けないクマの!)
このトンネルの画は「ドカ〜ン」と目とハートに来る画ですね〜
のけぞっちゃいました〜
で、怖いもの見たさで・・・よくよく拝見すると・・・
トンネルの暗闇に無数の目が・・・
地蔵尊を囲う小屋の節目にも顔のようなものが・・・
更に、由来板の庇の隙間からもいくもの目のようなものが・・・
そう見えて来ちゃうから困ったものです(冷汗)
因みに、そっちの「出る」は経験無いひぐまですが〜(笑)
53年に渡道しての撮影・・・こよなく北海道の鉄路を愛された証の画ですね。
「おおとり」のタブレットと進入を待ち受ける信号所職員さんの雰囲気がいいですね〜
いわくつきのトンネル、通りましたよ。
しかも一人で。
幽霊よりも、蒸気だ! そんな気合いをこめて歩きました。
さいわい、幽霊にも、クマにも会わずにすみましたが、ふだんより早歩きで通過しました。
まこべえは、いつも撮影は一人旅でしたが、駅を降りても、同業者が数人、時にはゼロといったときももあり、いま考えると、よくまあ無事で家に帰ってきたなあと思います。
くろくま様 いい記録ですね。 常紋は吹雪でしたか、自分は撮影地に急ぐ゙ばかりに、信号所での作業を撮影していなかったのが悔やまれます。『北辺の機関車たち』を観て行っているのですが、罐の走行ばかりに眼を奪われていて周りの景色がおろそかでしたよ。 ここでは自分達も線路で撥ねられたと思われる頭部のない熊さんの屍と記念写真してますよ。 上目名・常紋・狩勝 間に合ったのはここだけですが、既に9600の補機はありませんでした。
あべくまさん、
わたしも二度行きました。あと生田原に一度。
隧道内を歩く際に信号所の方にお願いすると電気を点けてくれましたよ。
ここは歩かなくても、場内から結構いい画が撮れるものだから、
歩かない人も多かったようですね。
それより
>怪しげなものが写っているコマもあったりして・・・
の方が気になりますね〜(恐)。まさか女子高生では?(こっちの方が超恐!!)
ひぐま3号さん、
隧道の画はミニコピー(ASA6)ですよ。
地蔵と由緒書はトライX1600増感で素粒子仕上。
おおとりはイルフォードFP4(ASA125)だったかな。
それぞれに特徴のあるバケモノが写ってるでしょ(嘘)
じつは、このとき、隧道内を歩き壁面や天井の写真を撮っていたのです。
そうでなければ、1600増感なんて使ってないはずですよね。
でね。それに写っていたのは・・・(恐)
↑・・・(嘘)
まこべえさん、
やはり通過されてましたか。
出口の明かりが見えると早足になっちゃうんですよね。
そんなとき、同行者がいた方がむしろ恐怖で、競走のようになっちゃうんですよね。
くろくまの撮影も基本的にひとり(一匹?)です。
駅からかなり離れた場所で夕暮れが迫ってくると・・・。怖かったですね、やっぱり。
もっとも、一番心配していたのは母親かもしれませんけど。
>よくまあ無事で家に帰って・・・
仰る通りです。
koppel-2さん、
頭部のない熊さんと記念撮影ですか。
今度見せてくださいね(同類のクマとしてはまずいか?)。
わたしの行ったころも補機はDLだったと思いますが、
生田原で写したのは前補機付きの重連でした。これは蒸機でしたよ。
ただし、前述のように吹雪のため、カマがよく分からず
重連ってことが判別できるくらいでしたけど(笑)。
上目名は間に合ったけど写していないし、狩勝は夢のまた夢。
撮っておけばよかった!! って惜しまれるのが、羽幌線ってところでしょうか。