くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

蒸機最期の冬―その2  

皆さん、こんばんは。
昨日、Fと会えなかったと記しましたが、沼ノ沢で撮影した写真にFが写っていた!!
たぶん、沼ノ沢で再開が叶ったのだろう、と思う。
(彼との同行は49年12月から50年1月にかけて。美幌線や根室本線を一緒に撮影した)

当時は勿論ケータイなんぞないから、はぐれたりすると大変。
まぁ、夕張線全線でも大した距離ではないので、人の集まるところに行けば会えたのだ。

東室蘭―苫小牧―十三里―紅葉山―川端―夕張―追分―苫小牧―東室蘭(駅泊)

12/22 友との再開

この日は行程以外の記載がほとんどない。旧友と再会して話がはずんでいたのだろう。
この撮影行では8ミリを帯同していたものだから、スチルではモノクロしか撮ってない。
雪の中での8ミリとスチル。ともにピント・露出(TTLの指針はあるが)とも手動合わせ。
今の機材からは信じられないほど厳しい撮影条件だった。

当時の北海道での撮影の際の服装やら装備品について思い出してみると、
靴=登山靴&スパッツのときもあったけど、スノトレや北海道仕様ゴム長のときも。
下着はふつうの下着。ラクダを持っていったこともあったけど、あまり使わなかった。
上は重ね着で長袖シャツの上にセーター、防水(シンサレート)の上っ張り。
マフラー、耳当て付きの帽子(koppel-2さんに言わせればシジミ売りの帽子とか)。
オーバーズボン←利用したのは数回しかなかったような・・・。
サングラス←ゴーグルのときもあり。

装備:背負子に銀函。さらに荷物入れとして銀函と同サイズの木箱。
背負子には自転車用のゴムロープで固定した。ダークバックも持っていった。
三脚は逆さにして背負子の上の角にかけた。勿論プレート、ロアー付き。レリーズ。
寝袋。背負子の最下段に設置。カメラ3~4台。レンズ3~4本。フィルム30本くらい。
フィルムは、100ftの長巻きからパトローネに詰め替えると19本(36EX)がとれた。

ストーヴ(当時はオプティマス00)。灯油(1リットルのポリタンに入れて)。
メタクッカー(余熱を導いてくれる)。白金カイロ(祖母に無理矢理持たされる)
水用の2リットルのポリタン。米(一合ずつ小分けにしたもの数個)。
レトルトカレー(当時はククレカレー中辛が多かったような・・・)数個。
インスタントラーメン(札幌一番みそが多かったかな)数個。
コッヘル、マグカップ、インスタント珈琲。

時刻表は大きく重いので、函館で「道内時刻表」を購入し携帯していた。
沼ノ沢お立ち台にて
1975.12.21 沼ノ沢―紅葉山 9799レ D51916
Nikomat FTn、50mm f1.4、TRI-X ASA400、MICROFINE(2回目) 20℃ 10分現像

十三里(無人駅)を過ぎて
1975.12.22 十三里―紅葉山 1791レ D51465
Nikomat FTn、50mm f1.4、FP4 ASA125、MICRODOl-X(1:3) 20℃ 15分現像

紅葉山発進
1975.12.22 紅葉山 1791レ D51465
Nikomat FTn、135mm f2.8×2、TRI-X ASA400、D-76 20℃ 6.5分現像

龍仙峡お立ち台にて
1975.12.22 川端―滝ノ上 5797レ D51603
Nikomat FTn、135mm f2.8、TRI-X ASA400、D-76 20℃ 6.5分現像

今日のアップはレタッチ不十分で申し訳ありません、後日差し替えます。
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コメント

くろくま様 紅葉山の無理からぬ位置でのD51の発車のシーン 8mm画像覚えてますよ。 
高校生の頃からx2を使用していたのですね 貴殿が熊帽と呼んでいた耳当て付きの帽子は自分も好きで、人工皮革でつばは付いていますが飛行機乗り(0戦はやと)のイメージでスワンの単眼ゴーグルとペアで現在も使用しております。 24日ラストデイについては、自分は何処で知ったのだろうか? TVニュースかなぁ それとものちの鉄道趣味誌だったのだろうか? 現地から連絡は無かったと思われる。    まだくろくまさんとも賀状の交換はしていないと思うが。
個人的には翌年にならないと進路先は決まっていないので、年末年始は出掛けていない筈だ。 当時の貴殿はわさび色のヤッケが印象に残っているのだが・・・

koppel-2 #- | URL
2008/12/23 00:05 | edit

Koppel-2さん

あの発車シーン、良かったでしょ。
十三里も、スチルでは失敗でしたが、8ミリではいい感じが出ていたような・・・。
一体どこに隠れているんでしょうね。見つかったら絶対「観賞会」を催しましょうね。

×2ですが、このときはケンコーのテレプラス。解像力はかなり悪かったなぁ。

24日ラストについては、現地で知りました。
ひぐまさんに言わせれば、14日に川端に表示されていたとのことですが、
当時の情報網では伝わりませんでしたよね。

実際、行ってみるまで「本当に蒸機が撮れるのか」といった不安もありましたよ。

わさび色のヤッケ。親父のお古でしたが、このときは着用してました。
厳寒の北海道で綿の一重ヤッケなんてねぇ。意味ないじゃん。
でも、いまでも手元にありますよ!!

くろくま #uRLT.2RM | URL
2008/12/23 18:37 | edit

やっと解放されました~!
PHSのサイトビュアー機能で拝見していたものの、何せ、2日前に機種更新されたPHS
コメント記入方法がわからず、「見てるだけ~」でした。
さてさて、「いよいよ」と言う雰囲気がじわじわと滲み出る
そんな、紀行文、そしてD51の姿を収めた画像に
33年前の12/14午後から夕張線に入り「お別れ」を告げた自分自身の
記憶と感覚が蘇って参りました。
人生において、このような学業やクラブ活動とは違った
心の中に刻まれるエポックを持てたことは「現役蒸機」世代の財産であり
それに伴う友人との出会いは更なる財産となっていますよね。
このような「素敵なエポック」を持つくろくまさんが改めて羨ましく思います。

ひぐま3号 #SUrRdnzA | URL
2008/12/24 20:11 | edit

ひぐま3号さん

稚拙な当時のメモで失礼します。
ひぐまさんの14日、さぞかし・・・だったろうと思います。
不器用なくろくま、24日の最期を思うと今でも泪が出てきそうです。
稚拙な写真と文章ですが、リアリティがと自負しております。
この感覚、復活蒸機では味わえませんね。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2008/12/25 22:02 | edit

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