くろくまと蒸機たち

懐かしい蒸気機関車と復活蒸機写真との怪しげな融合。

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

蒸機最期の冬―その3  

天皇誕生日。75歳になられたとか。お健やかに過ごしていただきたいものです。
さて、年末に向けての貴重な休日。年賀状を書いて過ごしました。
例年、宛名をワードからプリントアウトするのですが、今年は手書き。
裏面は、会社のレーザープリンタでの出力画像です。
レーザーでのプリントは、かすれてしまって非常に汚いです。何でかなぁ。

12/23 石狩鍋と暖かな布団

東室蘭―苫小牧―十三里―鹿ノ谷―十三里(Kさん宅泊)

~当時のメモから~
クマ山(ママ/クマの出そうな高みの意か?)で。霧の中で。平和の山で野球。
十三里の山ではF君と記念撮影をした。彼は乗っていたので(原文ここまで)。
(撮影場所ごとに、待ち時間を野球をしながら過ごしていたようだ
もっとも野球といっても、ゴムまりを投げて木の枝で打つだけのことだけど・・・)

この日も記載は少ない。昨日の川端に懲りたか、鹿ノ谷の山の上から二人っきりの
高み撮影をして疲れてしまったのだろう。

撮影後は、「翌日は最後だから朝から十三里で写そう」と話し合い、
無謀にも十三里の駅(無人駅)で夜を明かそうと、自炊の用意をしていた。
下り最終で降りてきたおじさんに「お前たち、何してるぅ~」と問われ、
「駅で泊まる」と答えると、「凍えてしまうんでないかぃ。ウチに来たらいいべ!?」

駅のすぐ近くに「Kさん」宅はあった。
突然の来客(それも初対面)にもかかわらず、囲炉裏の前の特等席に誘ってくれる。
「寒いっしょ~、風呂に入んな」と、汚れまくった二人に「湯」を馳走してくれた。
「こんなモンしかないけど」と言いながら囲炉裏の大鍋からよそってくれたのは・・・。
「これ、何ですかぁ」「シャケが入ってるっしょ。ナンベだぁ、口に合わないがなぁ?」
鍋には煮とけたようなシャケと野菜が入っていた。無論、何よりも美味しかった。

食事が終わり、Kさんといろいろな話をした。奥様もご子息もとても親切だった。
来客用なのだろう、ふっかふかの布団のなかで身体も心も温まる夜を過ごした。
明日が蒸機最後の日。そんな特別の夜に・・・、少し泣けてきた。

十三里の朝
1975.12.23 十三里―滝ノ上 1791レ
Nikomat FTn、50mm f1.4、FP-4 ASA125、MICRODOL-X(1:3) 20℃ 13.5分現像
この撮影行、すべて十三里からスタートだった。人の降りないこの駅が好きだったのだろう。

鹿ノ谷俯瞰
1975.12.23 鹿ノ谷―清水沢 1791レ
Nikomat FTn、135mm f2.8、Neopan-F ASA32、D-76(1:1) 20℃ 8分現像
この画像、不思議な感じがしませんか。そう、牽いているのがセキじゃあないんです。
中央下にファンが群がっていますが、その左上の丘にひとりカメラマンがいます。
彼こそがN。蒸機終焉30周年の呑み会で、山上のわたしとFの写真をくれました。

平和炭鑛にて
1975.12.23 鹿ノ谷―清水沢 5782レ
Nikomat FTn、135mm f2.8、FP-4 ASA125、MICRODOL-X(1:3) 20℃ 15分現像
閉山した炭鑛のアーチのなかにD51を据えてみました。

今日の画像もレタッチ(ごみ取り)不足でした。申し訳ございません。
関連記事
コメント

くろくま様 昨年夕張応援号が走った際、自分は鉄道研の後輩と最初の十三里でのくろくまさんが撮影した位置で撮りたいものだと思っていました。 ですが32年の歳月は樹木も成長させ、ポイントが見つけられませんでした。 真ん中の写真の所に登りました。ここも歳月の流れで残土を堆積させところどころにコークスなのか自然発火しており、煙が燻っていると言うか夕張が炭都と呼ばれた一因を感じました。 そして最後画像の場所はきれいに芝生が敷かれ現在は運動公園となっています。 右側の建物は解体され其処が夕張球場になっています。 北炭華やかりし頃 夕張市長より北炭の社長の方が多くの権限を持っていたというのも、今となっては兵どもが夢の跡でしょうか? くろくまさんの撮影した平和の写真に憧れその場所近くも彷徨いましたがXdayを体験出来なかった想いは昇華されませんでしたねぇ 明日のeveで最期かぁ せつなさは判りますが経験できただけでも羨ましいです。

koppel-2 #- | URL
2008/12/23 23:05 | edit

Koppel-2さん

夕張応援号のとき、いろいろと歩かれたようですね。
自分も30年前の地を訪れてみたかったです。
どうにも50年冬のネガはゴミ・傷が多くってアップするのも躊躇していましたが、
メモを見たら感傷的になってしまい、無理矢理掲載した次第です。

30年以上の歳月を隔てて、同じ場所を共有できたことが不思議ですよね。

あんなに走っていたD51たち。
でも、最期の冬でも煙を吐かない「上り」はあっさりと捨てていましたね。贅沢なものです。
24日の6788レを除いては・・・。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2008/12/24 17:43 | edit

上の2枚の画・・・
くろくまさんの蒸機撮影に対する一貫とした姿勢を感じます。
明日で終焉と思えば少しでもその温もりや息遣いを感じる線路際へと思う中で
「本当の汽車の味わい」はここにありとのぶれないスタンス…
他の方々の現役蒸機画と一線を画する撮影をされて来た所以を感じ得ます。
ピンフ鉱のアーチはここに夕張の原点があったぞと言わんばかりの存在
そこの中を、もう明日しか無いカマが過ぎて行く姿は歴史の終わりを告げているようで
着眼点に驚きました。
ラストディの今夜、どんな心境で終焉の一日を過ごされたのか
記事を通じて私も33年の歳月が流れた中で疑似体験できるものと楽しみにしております。

ひぐま3号 #SUrRdnzA | URL
2008/12/24 20:48 | edit

ひぐま3号さん

一貫とした姿勢なんてないんだけれどねぇ。
ただ、この年の夏からは撮影地での罵詈雑言に嫌気が差して、というのがあります。

平和炭鑛のアーチは存在感があって、何とか写したいなあと思っていたもの。

いまになってみると、味わいがありますねぇ。

くろくま #uRLT.2RM | URL
2008/12/25 22:10 | edit

コメントの投稿
Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://kudaomaku.blog28.fc2.com/tb.php/360-946d0865
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ご訪問に感謝します!

どんだけ〜?

プロフィール

くろくまのお勧めサイト

便利なところ

秩父と沼田の天気

ブログ内検索

コメント一覧

項目

ブログ階層

RSSフィード

QRコード

最近のトラックバック

メールフォーム

FC2ブログランキング

最近の記事ランキング

ブログ村PV

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。